放課後だった。
春は自動販売機の前で立ち尽くしていた。
手のひらには、数枚の小銭。
なぜか真剣な顔で見つめている。
「何してるんだ」
隣に来た悠が聞く。
「小銭って、応援団だと思う」
「急に意味がわからない」
「だって百円玉一枚だけだと、なんか心細いじゃん」
「そうか?」
「でも十円玉が三枚いると、『いけー! あと三十円あるぞー!』って感じになる」
「金額減ってるぞ」
春は気にしない。
十円玉を並べ始めた。
「見て。この子たち、完全に団体行動タイプ」
「子って言うな」
「百円玉はエース」
「野球なのか」
「五百円玉は監督」
「偉くなったな」
「一円玉は新入部員」
「なんで」
「頑張ってるけど、何を頑張ってるのか周りも本人もよくわかってない」
「一円玉に失礼だろ」
春はふむふむとうなずく。
「でも一円玉って健気だよね」
「まあ、そうかもしれないけど」
「財布の中でずっと待機してるし」
「待機って」
「しかも会計の時だけ呼ばれる」
「仕事だからな」
「ヒーローみたい」
「ヒーローはもっと派手に出てくる」
春は財布から一円玉を取り出した。
「いざという時しか出番がない」
「うん」
「でもいないと困る」
「うん」
「完全に最終回で活躍するキャラ」
「なんの話なんだよ」
春は満足そうにうなずいた。
そして自販機に百円玉を入れる。
ガコン。
さらに十円玉を二枚。
ガコン。
「ジュース買うのか」
「うん」
春は最後に十円玉を入れようとして止まった。
「……」
「どうした」
「今の十円玉、なんか名残惜しい」
「さっきまで応援団扱いしてたからな」
「みんなでここまで来たのに」
「ジュース買うためだろ」
「監督とエースが先に入って、新入部員だけ残る世界線もある」
「小銭に世界線を与えるな」
結局、春は十円玉を入れた。
ボタンを押す。
ガタン。
オレンジジュースが落ちてくる。
「おめでとうございます!」
春が自販機に向かって拍手した。
「何に対して」
「チームの勝利」
「だから何のチームだ」
「百円玉と十円玉たち」
「ジュースになっただけだろ」
「違うよ」
春はジュースを取り出して言った。
「みんなの力が一つになった結果だよ」
「その理屈だと買い物全部そうなるな」
「じゃあスーパーは全国大会」
「規模がでかい」
「家は優勝後の祝勝会場」
「もう好きにしてくれ」
春はストローを差して一口飲んだ。
満足そうに空を見る。
「でもさ」
「ん?」
「財布の中に小銭があると、なんか安心するんだよね」
「まあ、それはわかる」
「応援されてる感じがする」
「結局そこに戻るのか」
「うん」
春は笑った。
「たぶん財布の中で、『いつでも行けます!』って待機してるから」
「そんな声は聞こえないけどな」
「悠は聞こえない派かー」
「聞こえる派が少数なんだよ」
「じゃあ今度、一円玉の気持ち聞いてみる」
「やめとけ」
「たぶん『使ってください!』って言う」
「それは本当に言ってそうで困る」
春はけらけら笑った。
悠も少しだけ笑う。
夕方の風が吹いて、小銭の入った財布が小さく鳴った。
なんだか本当に、誰かが返事をしたみたいだった。



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