「ねえ悠、じゃんけんってさ」
放課後の教室で、春は窓の外を見ながら言った。
「人生の縮図だと思わない?」
「急に重いな」
夕日が机をオレンジ色に染めている。
部活に行った連中の声が遠くから聞こえる中、春だけがやけに真剣な顔をしていた。
「だってさ、みんな“勝つ方法”ばっか考えるじゃん」
「まあ、ゲームだからな」
「でも本当は、“何を出すか決める瞬間”が一番その人っぽい」
「じゃんけんで人間性を見るな」
春は「ふふん」と笑った。
「悠はね、最初グー出すタイプ」
「なんで」
「優しいから」
「意味わからん」
「優しい人って、“とりあえず真っ直ぐ行こう”ってするんだよ」
「ただの偏見だろ」
「あと、ちょっと不器用」
「悪口混ざったな?」
春は机に頬杖をつきながら、じっと悠を見る。
「ちなみに私はパー」
「聞いてない」
「包み込むから」
「自分で言うやつ初めて見た」
「あと勝った時の形が偉そう」
「最低の分析だな」
春は満足そうにうなずいた。
「よし、検証しよう」
「何を」
「じゃんけん」
「今の話で?」
「人生の縮図だから」
「その設定、まだ生きてたんだ」
二人は向かい合って手を構える。
「最初はグー」
「いや待て」
「ん?」
「今、俺がグー出すって誘導しただろ」
「違うよ?」
「絶対違わない」
「私は悠の可能性を信じてるだけ」
「言い方だけ綺麗なんだよな」
春はにこにこしている。
この顔をしてる時、大体ろくなことにならない。
「いくよー?」
「……はいはい」
「じゃーんけーん」
二人は同時に手を出した。
悠はグー。
春はパー。
「ほら」
「いや、“ほら”じゃないんだよ」
「悠、優しかった」
「優しさで負け判定するな」
「でもさ」
春は少しだけ目を細めた。
「悠って、“勝ちたい”より、“ちゃんとしたい”が先に来るよね」
「……」
「だから最初にグー出す」
「……そんな深い話じゃないと思うけど」
「うん。私も今思いついた」
「思いつきで人格分析するな」
でも。
たしかに悠は、“変に考えすぎるな”と思った時、いつもグーを出していた。
春は立ち上がると、カバンを持った。
「じゃ、帰ろっか」
「急だな」
「じゃんけん終わったし」
「お前の中で今日は何だったんだよ」
廊下を歩きながら、春はまた楽しそうに話し始める。
「でもね、じゃんけんっていいよね」
「まだ続くのか」
「だって、“次こそ勝てるかも”って思える遊びだから」
「……」
「人生って、あれくらい軽くていいと思うんだ」
春はそう言って笑った。
たぶんこの人は、本当に毎日が楽しいんだろう。
嫌なことがないわけじゃない。
落ち込まないわけでもない。
ただ。
春は“次に何を出すか”を考えるのが好きなのだ。
だから前の負けを、あまり引きずらない。
「悠」
「ん?」
「次は負けないからね」
「いや今勝ったのお前だろ」
「勝ったあとに言うと、強キャラっぽいじゃん」
「その発想で生きてんのかお前」
「うん!」
夕焼けの廊下に、春の声がやけに響いた。
たぶん。
未来を楽しいと思える人は、強い。
勝つからじゃない。
また手を出そうとするから。



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