「素直じゃない座」

遊びと趣味

「ねえ悠。星座ってさ、誰が決めたんだろうね」

 帰り道、春は急に空を見上げた。

「急だな。あと、それは普通に昔の人だろ」

「すごくない? 点を線でつないで“あれはライオンです”って言い切る精神」

「たしかに勢いはあるけど」

 六月の夜だった。

 住宅街の隙間から見える空は、中途半端に明るい。星なんて数えるほどしか見えないのに、春はやたら嬉しそうだった。

 僕は自転車を押しながら、隣を歩く幼馴染を見る。

 春は昔からこうだ。

 コンビニの新商品にも感動するし、電車が一分遅れただけで「一分増えた人生だね」とか言う。

 意味が分からない。

 でも、たまに少しだけ、分かりそうになる。

「悠も星座作ろうよ」

「嫌だよ。責任重大すぎるだろ」

「なんの責任?」

「後世の人に“これが公式です”みたいな顔される責任」

「あー、たしかに。“あれはオリオン座です”って教科書載ったら緊張するね」

「お前いま作る側だったのに、急に他人事になるな」

 春は立ち止まり、空を指差した。

「あそこ見て」

「どこ」

「ほら、三つ並んでるやつ」

「……ああ」

「完全に“冷める前に食べてください座”じゃん」

「どんな星座だよ」

「お弁当のフタに書いてある感じの」

「星に生活感を持たせるな」

 春は満足そうに頷く。

「昔の人も、こうだったのかな」

「どういう意味だよ」

「“ライオンっぽくない?”って言った人がいて、周りが“……まあ、言われたら?”って空気になったのかなって」

「すごい嫌な誕生秘話だな」

「でも、ちょっと優しいよね」

 春はそう言って笑った。

 風が吹く。

 近くの公園で、小学生がまだ騒いでいた。

「優しい?」

「だってさ。本当はバラバラの星なのに、“つながってることにしよう”って決めたんだよ?」

「……」

「離れてるものを、わざわざ線で結ぶのって、なんかいいじゃん」

 僕は少し黙った。

 春は昔から、こういうことを突然言う。

 普段は意味不明なのに、たまにだけ核心みたいなことを落としていく。

「悠は何座?」

「おうし座」

「似合う」

「なんで」

「のんびりしてそう」

「雑な占い師だな」

「私はね、いて座」

「自由そうだな」

「でしょ?」

「実際自由だし」

「でもね」

 春は少しだけ真面目な顔をした。

「星座って、昔の光なんだって」

「……まあ、星の光は届くまで時間かかるしな」

「つまり私たち、昔の星を見て“きれいだな”って言ってるんだよ」

「そうなるな」

「なんか素敵じゃない?」

「……」

「昔の光でも、ちゃんと今を照らしてるんだね」

 その言葉だけ、やけに静かに残った。

 僕は空を見る。

 正直、星なんてそんなに興味はない。

 でも。

 春といると、ただの点だったものに、勝手に線が引かれていく。

 退屈な帰り道とか。
 意味のない会話とか。
 どうでもいい夜とか。

 そういうバラバラだったものが、少しだけ特別に見える。

「悠」

「なんだよ」

「今の顔、“ちょっと感動してます”って顔だった」

「してない」

「してる人って絶対そう言うよね」

「うるさい」

「じゃあ星座にする?」

「何座だよ」

 春は少し考えてから、笑った。

「“素直じゃない座”」

「ダサすぎるだろ」

 春の笑い声が、夜道に溶けた。

 星は相変わらず少なかった。

 でも、たぶん今日は、少しだけよく見えた。

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