「ねえ悠。人生って、たまには“回れ右”した方がいいと思うんだよね」
帰り道だった。
部活終わりの夕方。
オレンジ色の光が住宅街を長く伸ばしていて、春はその真ん中をぴょこぴょこ歩いている。
「急にどうした」
「だってさ。みんな“前へ進め”ばっかりじゃん」
「まあ、そういうもんだろ」
「でも回れ右したら、後ろにあった景色見えるよ?」
「小学生の道徳みたいなこと言うな」
春は振り返って歩き始めた。
「ほら。全然違う景色」
「危ないから前向け」
「悠もやってみなよ」
「嫌だよ」
「人生変わるかもしれないのに?」
「回れ右で変わる人生、だいぶ不安だろ」
すると春は急に立ち止まった。
「でもさ、“戻る”って、なんか負けみたいに扱われるよね」
「まあ、逃げたとか言う人はいるな」
「変なの」
「どこが」
「だってゲームとか、“一回戻ってアイテム回収”した方が強いじゃん」
「人生をRPG感覚で語るな」
「でも実際そうじゃない? 間違った道を進み続けるより、一回戻った方がいい時あるし」
春は電柱をぺちぺち叩きながら言った。
「私は、“前向き”って、前に進むことじゃないと思うんだよね」
「……じゃあ何なんだよ」
「“向き変えてもテンション落ちないこと”」
「定義が独特なんだよ」
「だって人って、“予定変更”だけで元気なくなるじゃん」
「まあ、分からなくはない」
「私は逆にワクワクする」
「なんで」
「“別ルート発見!”って感じするから」
「お前の人生、ずっと冒険ゲームだな」
「でも、回れ右ってちょっと良くない?」
「どこが」
「一回くるって回るだけで、“考え変えました感”出る」
「そんな軽いもんじゃないだろ」
「会議でも使えるよ」
「絶対ダメだろ」
春は急に真面目な顔をした。
「“この案で行きます”」
「うん」
「“……やっぱ回れ右で”」
「軽すぎるんだよ方向転換が」
「でもちょっと可愛くない?」
「方向転換に可愛さ求めるな」
春は満足そうにうなずいた。
「人生って、“うまく進む”より、“変な動きできる人”の方が面白い気がする」
「その結果、今お前後ろ向きで歩いてるけどな」
「自由な移動方法です」
「危険な移動方法だよ」
風が吹いた。
春の髪が揺れて、夕陽が道路を赤く染める。
こいつは時々、どうやったらそんな発想になるんだってことを真顔で言う。
でも、なんとなく笑ってしまう。
「……で、なんで急にそんな話になったんだよ」
「ん?」
春は首をかしげた。
「さっき学校で“右向け右”した時、私だけ左向いちゃったから」
「ただのミスじゃねえか!」
「先生に“春、逆!”って言われた」
「深い話みたいにするな!」
「でもその瞬間、“回れ右って大事かも”って思って」
「発想の飛躍がすごいんだよお前は」
春はけらけら笑いながら、また後ろ向きで歩き始めた。
「ほら悠! 今なら世界が逆再生みたい!」
「だから危ないって――」
次の瞬間。
ごっ。
春が電柱にぶつかった。
「痛っ!」
「ほら見ろ!」
「……」
「……」
春は電柱を見上げた。
「この電柱、ちゃんと前向いて生きてるね」
「お前が後ろ向いてただけだよ」



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