「悠。寝返りって、名前がよくないと思う」
昼休みだった。
窓の外では野球部が叫んでいて、教室の後ろでは誰かがプリンを落としていた。
そんな平和な空間で、春は机に突っ伏したまま真顔で言った。
「急にどうした」
「だって“寝返り”だよ? 寝ながら裏切ってる感じするじゃん」
「誰を」
「布団」
「布団かわいそうだな」
春はごろん、と机に顔を押しつけたまま反対側を向いた。
「ほら今も。私は今、机に寝返った」
「ただ向きを変えただけだろ」
「でも机からしたら、“さっきまでこっち見てたのに……”ってなるじゃん」
「机に感情を与えるな」
春はむくっと顔を上げた。
「でもさ、人間って、寝てる時にまで方向変えないとしんどいんだよ?」
「まあ、同じ姿勢だと体痛くなるしな」
「つまり寝返りって、“変わり続けないと生き物は壊れる”っていう、本能のメッセージなんじゃない?」
「急に壮大になったな」
「だから私は、ポテチの味も定期的に変えるようにしてる」
「それは飽きてるだけだ」
春は「違うよ」と指を立てた。
「心の寝返り」
「なんだその軽率に人生語り始める感じ」
「コンソメばっかり食べてると、“あれ、私って本当にコンソメでいいんだっけ……”ってなる日が来るの」
「ポテチに自己分析を持ち込むな」
「だから、のり塩に寝返る」
「裏切ったなコンソメを」
「でもコンソメも、“幸せならそれで……”って送り出してくれると思う」
「ポテチ界、人格者しかいないのか?」
春は満足そうにうなずいた。
その顔が妙に真剣なので、悠は少しだけ笑った。
「ていうかお前、寝相いいよな」
「うん。私、寝返り少ないらしい」
「さっきの理論どこいった」
「だから毎朝、布団の形が綺麗」
「ホテルみたいな言い方するな」
「悠は?」
「俺はめちゃくちゃ動くらしい。朝起きたら逆向いてる時ある」
「強い」
「何が」
「無意識で冒険してる」
「ただ寝てるだけだよ」
春は少し考えてから、ふっと笑った。
「でもいいじゃん。朝起きて昨日と違う場所にいるの」
「ベッドの上だけどな」
「ちょっとだけ世界が変わってる感じする」
「数十センチだけな」
「数十センチって大事だよ? 地図で見たら“大移動”だし」
「寝相を地球規模で考えるな」
するとその時、後ろの席から「消しゴム落とした!」という声がした。
誰かが椅子を引く音。
窓から入る風。
春はその音を聞きながら、また机に突っ伏した。
「ねえ悠」
「ん?」
「人ってさ、寝返りしながら生きてるのかもね」
「また始まったな」
「昨日と同じ考えのままだと、体みたいに固まっちゃうから」
「……まあ、少しくらい変わるのは必要かもな」
「でしょ?」
春は満足そうに笑ったあと、すぐにこう続けた。
「だから私は今日、購買の焼きそばパン派からメロンパン派に寝返る」
「結局パンの話なのかよ」
「革命だよ」
「昼休みの革命、小さいな」
「でも平和でしょ?」
春はそう言って、立ち上がった。
そのまま教室のドアまで歩いていって、ふと振り返る。
「悠も来る?」
「何買うんだ」
「まだ決めてない」
「寝返る気満々じゃねえか」
春はけらけら笑った。
たぶん明日には、また別の何かに寝返っている。
でも、それを裏切りじゃなくて、“楽しい変化”として笑えるところが、春らしいのだと思った。
――そしてたぶん、悠はそういうところを、少しだけ気に入っている。



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