「悠。プライドってさ、たぶん“床に置いたら終わりなもの”なんだよ」
放課後の廊下で、春が急にそんなことを言った。
「なんで急に雑な格言みたいなの始まった」
「今、男子バスケ部の人が“俺にもプライドがある!”って言ってたから」
「まあ、言う時あるだろ」
「でも、そのあと上履き探して四つん這いになってた」
「現実的な敗北だったな」
春はうんうんとうなずいた。
「だから私は思ったの。“プライド”って高いところに置かないとダメなんだって」
「棚か?」
「たぶん本棚の上くらい」
「雑貨みたいに言うな」
夕方の校舎は、少しオレンジ色だった。
窓から入る風で、廊下の掲示物がぺらぺら揺れている。
春は自販機で買ったいちごミルクを持ちながら、やけに真剣な顔をしていた。
「でもさ、悠」
「ん?」
「人って、なんでそんなにプライド守りたがるんだろうね」
「……まあ、傷つきたくないからじゃないか」
「なるほど」
春は即答した。
「じゃあ絆創膏じゃん」
「プライドを医療用品にするな」
「だって、“これがないと痛い!”ってことでしょ?」
「まあ、理屈は分かるけど」
「でも、絆創膏って貼りっぱなしだと逆に治り遅くなる時あるよね」
「急に医学寄りの悪口になったな」
春はストローをくわえたまま、遠くを見る。
「だから、プライドもたまには外して風通した方がいいと思う」
「言ってることは分かりそうなのが困る」
「例えば、“間違えました”って言うの恥ずかしい人いるじゃん」
「いるな」
「でも、間違えてるのに守り続けると、“間違い界の王”になるよ」
「嫌すぎる称号だな」
「王様って孤独だから」
「急に深み出すな」
春は楽しそうに笑った。
「私はね、“ごめん”って言える人、かっこいいと思う」
「へえ」
「だって、“負けても壊れません”って意味じゃん」
悠は少しだけ黙った。
春はたぶん、何も考えてない顔でこういうことを言う。
でも時々、変な角度から核心を投げてくる。
「まあでも、お前、プライド高そうな人には容赦ないよな」
「うん」
「認めるんだ」
「だって、“俺は絶対間違えない!”って人見ると心配になるもん」
「なんで」
「人生で一番間違えそうだから」
「偏見が鋭い」
春はくすくす笑いながら歩く。
その横を、自転車を押した生徒たちが通り過ぎていった。
「でも悠もあるでしょ、プライド」
「まあ多少は」
「どこに置いてるの?」
「どこにって……」
悠は少し考えた。
「たぶん、胸の中とかじゃないか」
すると春が、ぴたりと止まった。
「おしゃれ……!」
「なんで感動した?」
「“胸に秘めるプライド”だよ!? 主人公じゃん!」
「そんな大層なもんじゃない」
「じゃあ私はリュックに入れる」
「軽いな」
「だって必要な時だけ出したいし」
「折りたたみ傘みたいに言うな」
「しかも私、絶対なくす」
「管理しろ」
春は真顔で言った。
「でも、なくしたらまた拾えばいいと思う」
「……」
「プライドって、“一回なくしたら終わり”じゃなくて、“また作れるもの”な気がするし」
悠は少しだけ空を見た。
夕焼けは、もう薄くなり始めていた。
「……お前さ」
「ん?」
「たまに、適当に喋ってるようで変な納得感あるよな」
すると春は、少しだけ考えてから言った。
「たぶん私、“雰囲気で人生やってる”から」
「それで成立してるの怖いんだよ」
「才能です」
「プライド高いな」
「これは胸じゃなくてポケットに入れてるから」
「小銭みたいに扱うな」
春は笑いながら階段を下りていった。
その後ろ姿を見ながら、悠は小さく息をつく。
たぶん春は、プライドを守るより、毎日を面白がる方が大事なのだ。
だからあんなに軽そうで、
だから時々、変に強い。



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