「ラッキーナンバー」

学校の放課後

「悠。人には“ラッキーナンバー”があるじゃん?」

 放課後、春は急にそんなことを言った。

 しかも、自販機の前で。

「急に占い師みたいな話始めたな」

「違う違う。もっと現実的なやつ」

「現実的なラッキーナンバーって何だよ」

 春は真顔で缶ココアを押した。

 ガコン。

 出てきた缶の下に、もう一本落ちてきた。

「ほら」

「自販機のミスじゃねえか」

「今日は“二”の日だ」

「そんな雑な幸運ある?」

 春は二本の缶を抱えて、なぜかちょっと誇らしげだった。

「でもさ、絶対あるんだよ。人それぞれ、“人生がうまくいく数字”って」

「いや、たまたまだろ」

「悠は何番?」

「知らん」

「かわいそうに」

「ラッキーナンバーないだけで人生終わったみたいに言うな」

 春は一本をこっちに投げてよこした。

 冷たい。

「私はね、“七”」

「よくあるやつだな」

「でもね、“七”ってすごいよ。だって信号待ちしてる時、残り七秒だとちょっと嬉しいもん」

「それはもうお前の気分の問題だろ」

「人生、だいたい気分の問題だよ」

「深そうで浅いこと言うな」

 春は缶を開けながら、満足そうにうなずいた。

 炭酸の音が小さく鳴る。

「でも、“好きな数字がある”ってだけで、ちょっと世界が味方っぽく見えるんだよ」

「世界、そんな軽いノリで味方になる?」

「なるなる。“今日は三回もラッキーナンバー見た!”ってだけで元気出るし」

「安い元気だな」

「コスパ最高じゃん」

 確かに、と少し思った。

 春はこういう、“意味ないけどちょっと嬉しいこと”を見つけるのが異常にうまい。

 道端の猫がこっち見ただけで「今日は歓迎ムード」とか言うし、コンビニのおにぎりが綺麗に開けられたら「運命が整ってる」とか言う。

 意味は分からない。

 でも、楽しそうではある。

「悠は? 好きな数字ないの?」

「……八かな」

「おお。金運っぽい」

「別にそういう理由じゃない」

「じゃあ何」

「形が安定してるから」

 春が一瞬止まった。

「何それ、建築家?」

「違う」

「“倒れにくそうだから八が好き”って初めて聞いた」

「なんか安心感あるだろ」

 春はしばらく考えてから、ふっと笑った。

「じゃあ悠、メンタル積み木なんだ」

「どういう解釈だよ」

「崩れない形を探してる感じ」

「勝手に心理分析するな」

「でも分かるよ。悠、机の端に物置くの嫌いだし」

「落ちそうだからな」

「私は逆に、落ちそうなとこに置きたい」

「なんで」

「ドキドキするから」

「生き方がジェンガなんだよ」

 春は声を出して笑った。

「いいじゃん。“危ない”って、ちょっと生きてる感じするし」

「その理論で人生運転するな」

「でも、全部安全だったら、ラッキーって言葉いらなくない?」

 夕方の風が吹いた。

 校門の向こうで、自転車が何台か通り過ぎていく。

 春は空き缶を見ながら、急に言った。

「あとね。ラッキーナンバーって、“その数字を見ると嬉しくなる”じゃなくて」

「うん?」

「“嬉しい日にたまたまそこにあった数字”なんだと思う」

 少しだけ、間が空いた。

「……つまり?」

「だから、自分で増やせる」

「雑な自己啓発みたいになってきたな」

「例えば今日、“二”の日だから」

 春は俺に缶を一本押しつけた。

「ココア二本になった」

「自販機のエラーだけどな」

「でも、一人より二人の方が当たりっぽいじゃん」

「……まあ、それはちょっと分かる」

「でしょ?」

 春は満足そうに笑った。

 その顔を見てると、たぶんこいつは一生、世界から小さい“当たり”を探し続けるんだろうなと思う。

 宝探しみたいに。

 しかも本人は、探してる自覚すらない。

「悠」

「何」

「今、横見て」

「?」

 見ると、自販機の値段表示が“88”。

 春が得意げに言った。

「ほら。八だ」

「いや、偶然だろ」

「でもちょっと嬉しいでしょ?」

「……まあ、少し」

「はい。今日の悠、当たり」

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