「悠。しりとりってさ、“会話を永久機関にしたい人類の夢”だよね」
放課後だった。
教室には、西日のオレンジ色がゆっくり広がっている。
誰もいなくなった教室で、春は机に突っ伏しながら、窓の外を見ていた。
「急に壮大だな」
「だって、“りんご”って言われたら、“ごりら”で返さなきゃいけないんだよ? 会話が義務化されてる」
「しりとりだからな」
「しかも、“ん”で終わったら負け」
「基本ルールだな」
春はむくっと顔を上げた。
「これ、“会話を終わらせた人が悪い”って思想じゃない?」
「そんな重いゲームじゃない」
「でも、“ん”って、なんかかわいそうじゃん」
「文字に感情移入するな」
春は真面目な顔で黒板を見つめた。
「“ん”って、日本語で一番“終わった感”あるのに」
「まあ、確かに単独で使わないしな」
「なのに、しりとりだと“敗北の象徴”扱いされてる」
「考えたこともなかった」
「“ん”だって頑張ってるのに」
「なにを?」
「“パン”とか“ごはん”とか、“ラーメン”とか。食べ物の最後、だいたい支えてるじゃん」
「支えてはいるな」
春はうんうん頷いた。
「つまり“ん”は、縁の下の力持ちなんだよ」
「急に株が上がったな」
「なのに、“ん”で終わったら失格です”って」
「ルールだからな」
「社会って厳しい……」
「しりとりを社会にするな」
春はしばらく黙ったあと、急に椅子を回転させた。
「よし。今日は、“ん”を救うしりとりをしよう」
「どういうことだ」
「“ん”で終わっても、“お疲れさまでした”になる」
「優しい世界観だな」
「負けじゃなくて、“美しい終わり方”」
「映画みたいに言うな」
「じゃあいくよ。“しりとり”」
「……“りす”」
「“すいか”」
「“かめ”」
「“めだか”」
「“かさ”」
「“さる”」
「“る……る……”」
悠が少し考えていると、春が身を乗り出した。
「追い込まれてる顔してる」
「“る”って難しいんだよ」
「人生みたいだね」
「“る”に人生背負わせるな」
「あ、“ルンバ”!」
「お、いいな」
「ほら! 最後“ば”! 未来ある!」
「未来あるって表現初めて聞いた」
春は楽しそうに笑った。
「しりとりって、“次の人に未来を渡すゲーム”なんだよ」
「ちょっとだけ良いこと言いそうになるのやめろ」
「だから“ん”で終わると、“未来閉じちゃった……”ってなる」
「まあ、言いたいことはわからなくもない」
「でも私は、“ん”で終わる言葉も好きだよ」
春は窓の外を見た。
グラウンドでは、まだ運動部の声が響いている。
「“ふとん”とか、“みかん”とか。“ん”で終わる言葉って、なんか安心するじゃん」
「……確かに、丸い感じはあるな」
「でしょ?」
春は満足そうに頷いた。
「だから、“ん”で終わったら負けじゃなくて、“今日はここでおしまいにしようね”って感じがいい」
「ずいぶん平和なしりとりだな」
「平和じゃない会話って、疲れるし」
「それはそう」
「あと、“ん”で終わった人、ちょっとかわいそうだし」
「結局そこなんだな」
春は笑いながら、鞄を持った。
「じゃ、帰ろっか」
「急だな」
「今、“帰る”って言ったから」
「……“る”か」
「ほら。悠の番だよ」
「まだ続いてたのかよ」
春は廊下を歩きながら振り返る。
「しりとりって、終わらせたら負けなんでしょ?」
「お前が一番ルール変えてただろ」



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