「悠。虫眼鏡って、世界を本気にさせる道具だよね」
昼休みだった。
理科準備室の前の廊下で、春がしゃがみ込んでいた。
その手には、なぜか虫眼鏡。
「急に危なそうなこと言うな」
「見てこれ」
春は床に落ちていたプリントの切れ端を虫眼鏡で見つめている。
「紙だ」
「違う。拡大された紙」
「いや元から紙だろ」
「でも虫眼鏡を通すと、“自分、実はこんな模様だったんです”みたいな顔してくる」
「紙に隠された人格を見出すな」
春は「ふむ」と真面目な顔でうなずいた。
「人間もそうなのかも」
「なにが」
「ちょっと近づいて見たら、“こんなこと考えてたんだ”って分かる」
「急にいい話っぽくするな」
「だから虫眼鏡って、優しい道具だよ」
「今のところ紙しか見てないけどな」
春は立ち上がると、今度は窓際へ向かった。
差し込む午後の日差しに虫眼鏡をかざす。
「おい」
「ん?」
「その流れ、理科の事故映像でよく見るやつだぞ」
「大丈夫大丈夫。私は学んでるから」
「何を」
「“太陽はだいたい強い”ってことを」
「小学生でも知ってる」
春は床にできた光の丸をじっと見つめた。
「……なんか、太陽ってすごいね」
「まあすごいな」
「遠くにいるのに、“ここ!”って集中すると熱くなるんだよ」
「そういう仕組みだからな」
「人の応援も同じかも」
「また始まった」
「みんなから“がんばれー”って言われるより、一人から“絶対いける”って言われる方が、なんか熱くなる時あるじゃん」
悠は少しだけ黙った。
春はそういうことを、たぶん深く考えて言っていない。
なのに、変に残る。
「……で、なんでお前は今、校舎で太陽集めてるんだ」
「焼きそばパン温めようと思って」
「台無しだよ」
春はカバンから焼きそばパンを取り出した。
「コンビニで買ったやつ、ちょっと冷たいと悲しいじゃん」
「文明を信じろ。電子レンジを使え」
「でも虫眼鏡には、“自分で太陽を料理に参加させてる感”がある」
「そんな料理番組みたいな思想で生きるな」
春はパンの一点に光を集め始めた。
「……あっつ」
「そりゃ熱いだろ」
「待って。これ絶対いける」
「いけない予感しかしない」
「太陽、今すごい頑張ってる」
「頑張らされてるのは太陽の方だ」
数秒後。
焼きそばパンの袋が、じわっと焦げた。
「あ」
「あ、じゃない」
「悠」
「なんだ」
「太陽、加減が下手かもしれない」
「お前が下手なんだよ」
春は焦げた袋を見つめながら、少し笑った。
「でもなんか、いいね」
「なにが」
「虫眼鏡って、“見えにくいものを見せる道具”でもあるし、“弱いものを強くする道具”でもある」
「……まあ、光集めるしな」
「ただの光の点なのに、紙を焦がせるくらい熱くなるんだよ?」
春は虫眼鏡越しに悠を見た。
片目だけやたら大きくなる。
「悠も虫眼鏡かもしれない」
「どういう悪口だ」
「普段静かなのに、たまに言葉が鋭いから」
「褒めてる?」
「たぶん」
「たぶんで人を分析するな」
春はけらけら笑った。
窓の外では、グラウンドから運動部の声が聞こえてくる。
午後の光は少しだけ傾き始めていた。
「ねえ悠」
「ん?」
「虫眼鏡ってさ」
「まだあるのか」
「世界の“ここ見て!”を見つける道具なのかも」
「詩人みたいに締めるな」
「ちなみに今の“ここ見て!”は」
春は焦げた焼きそばパンを持ち上げた。
「完全に失敗した部分です」
「ちゃんと見えてるな」



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