「悠。ペン回しって、“指のサーカス”だと思わない?」
昼休みだった。
窓際の席で、春はシャーペンをくるくる回している。
もちろん、成功してはいない。
五秒に一回くらい床に落ちていた。
「サーカスに失礼だろ」
「でも見て。今の、“ライオンが火の輪くぐろうとして壁にぶつかった感じ”あった」
「失敗の例えが具体的なんだよ」
カラン、とまたペンが落ちる。
春は拾わない。
なぜか床のペンをじっと見つめていた。
「……どうした」
「ペンってさ、落ちた瞬間だけ、“自分が文房具だ”って思い出してそう」
「なんの話?」
「普段は人間の手の上で回されてるから、自分を鳥か何かだと思ってる可能性あるじゃん」
「ないよ」
悠はため息をつきながら、床のペンを拾ってやった。
春は「ありがと」と笑って、また回し始める。
そして一秒で落とした。
「才能なさすぎないか?」
「いや、逆だよ」
「何が」
「私は今、“ペン回しの伸びしろ”を育ててる途中だから」
「失敗を成長コンテンツみたいに言うな」
「RPGで最初から最強だったらつまんないじゃん」
「でもお前、チュートリアルから出られてないぞ」
春は「ふふん」と鼻を鳴らした。
「悠はわかってないなぁ」
「何を」
「ペン回しって、“できる人”より、“できそうでできない人”の方が見ちゃうんだよ」
「まあ……ちょっと見ちゃうかもな」
「でしょ?」
春はなぜか誇らしげだった。
「つまり私は今、“応援される主人公”」
「スポ根漫画みたいに言うな」
「“頑張れー!”ってクラスのみんなの心の声が聞こえる」
「たぶん“危ないからやめろ”だぞ」
その瞬間。
春の指から飛んだペンが、ものすごく綺麗な軌道を描いた。
まるで奇跡みたいに。
本当にアニメみたいに。
一直線に。
悠の牛乳へ落ちた。
ぽちゃん。
一秒、沈黙。
春が言った。
「……今のは、ペンが水泳選手を目指した」
「お前はまず謝れ」
「ごめん」
春は笑いながら言った。
「でもすごくない? あんな綺麗に入る?」
「無駄にコントロール良かったな」
「たぶんペンも、“ここしかない!”って思ったんだよ」
「俺の牛乳をゴール地点にするな」
悠は牛乳パックを見つめた。
中に半分くらい沈んでるシャーペンが、なんかもう堂々としている。
「……飲む?」
「飲まない」
「でも、ちょっと“文豪の味”しそう」
「どういう味だよ」
「インクと努力」
「絶対まずいだろ」
春はケラケラ笑っていた。
窓の外では、運動部の掛け声が聞こえる。
教室の後ろでは、カードゲームで騒いでる男子たち。
そんな昼休みの真ん中で、春だけが真剣な顔になった。
「でもさ」
「ん?」
「ペン回しって、なんかいいよね」
「急にちゃんとしたこと言うな」
「授業中とか、考えごとしてる時とか、無意識で回しちゃうじゃん」
「まあ、わかる」
「たぶんあれ、“脳みそが暇だと寂しいから、指に遊んでもらってる”んだよ」
「……変な言い方なのに、ちょっとわかるな」
「でしょ?」
春はまたペンを回そうとして、
三回連続で落とした。
カラン。カラン。カラン。
「説得力が全部落ちてるぞ」
「違うよ」
春は机の下からペンを拾いながら、笑った。
「これは、“指との対話”だから」
「対話成立してないだろ」
「まだ意見が割れてるだけ」
「会議中なのか」
「うん。たぶん今、“親指派”と“中指派”が揉めてる」
「なんの派閥だよ」
春はようやくペンを握り直すと、またくるりと回した。
今度は少しだけ綺麗に回った。
一瞬だけ。
本当に一瞬だけ、ちゃんと技みたいだった。
「お」
悠が思わず声を漏らす。
春は目を丸くしたあと、ふっと笑った。
「ほらね」
「いや、一回だけだろ」
「でも一回できたってことは、“未来の私はできる側の人間”ってことだから」
「その理論、だいぶ前向きだな」
「人生、だいたい“予告編”でできてるし」
「映画みたいに言うな」
春は満足そうにペンを机に置いた。
そしてなぜか、すごくいいことを言った人みたいな顔で頷く。
悠は少しだけ笑う。
たぶん春は、ペン回しが好きなんじゃない。
できるようになる途中の、“なんかちょっと楽しい感じ”が好きなんだ。
そういうところが、少し羨ましい。
「……で、もう俺の牛乳には入れるなよ」
「大丈夫」
春は自信満々に言った。
「次からは、もっと広い海を目指すから」
「教室を航海に使うな」



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