「ねえ悠。紅茶って、ちょっと偉そうじゃない?」
放課後のファミレスで、春は突然そんなことを言った。
「第一声がそれ?」
「だって見てよ。“ティータイム”だよ? おやつの時間なのに、なんか貴族感ある」
「お前、“おやつ”に貴族感求めてないだろ」
春はストローをくわえたまま、窓の外を見た。
雨上がりだった。
道路が少しだけ光っていて、店内にはコーヒーの匂いと、よく分からない洋楽が流れている。
テスト週間前の夕方。
勉強しようと言い出したのは春なのに、ノートはまだ一文字も開かれていない。
「でもさ、紅茶って不思議だよね」
「急に真面目な入り方するな」
「コーヒーは“頑張るぞ!”って感じじゃん。でも紅茶は“まあまあ、一回座りなよ”って感じする」
「飲み物に人格を感じるタイプか」
「絶対あるよ。麦茶なんて“無理すんな”って顔してるもん」
「顔はしてない」
春はテーブルの上のメニューを閉じた。
「悠は何飲む?」
「コーヒー」
「うわ、出た。“自分は苦い人生も飲めます”アピール」
「してねえよ」
「ブラック?」
「ブラック」
「かっこつけてる」
「偏見がすごいな」
春はうーん、と悩むふりをしたあと、店員を呼んだ。
「じゃあ私は、ロイヤルミルクティーで」
「結局いちばん偉そうなの頼んだな」
「名前が強いからね。“ロイヤル”だよ? 飲んだ瞬間だけ王族になれるかもしれない」
「一口で終わる王政」
注文が終わると、春は満足そうに椅子へもたれた。
「ティータイムってさ、すごい文化だと思うんだよね」
「なんで」
「人類、“疲れたから甘いもの食べよう”を正式イベント化したんだよ?」
「まあ、言われればそうだけど」
「すごく優しい文化じゃない?」
春はそう言って、テーブルのガムシロップを指で回した。
「頑張る時間だけじゃなくて、“休む時間”に名前つけたんだよ。えらい」
「お前、そこだけ切り取ると良いこと言うな」
「そこだけ?」
「そこ以外はだいたい勢い」
ちょうどその時、店員が飲み物を持ってきた。
春はロイヤルミルクティーを見た瞬間、目を輝かせた。
「うわ。見て。もう色が優雅」
「感想が雑誌の特集なんよ」
春は両手でカップを持ち、ふーっと湯気を眺める。
そして一口飲んで、静かに言った。
「……あったか……」
「普通の感想だった」
「でもさ」
春はカップを持ったまま、少し笑った。
「こういう時間があると、“今日まあまあ頑張ったかも”って思えるよね」
窓の外では、車のライトが水たまりに反射していた。
ファミレスのざわざわした音が、妙に落ち着く。
僕はブラックコーヒーを飲む。
苦い。
でも、なんとなく悪くなかった。
「悠も一口飲む?」
「いや、いい」
「遠慮しないで。今なら準王族くらいにはなれる」
「制度が軽いな」
春は笑う。
たぶん、このどうでもいい時間が好きなんだと思う。
勉強もしないで、飲み物の人格について話して。
意味のないことを真面目に語って。
それで満足そうにしてる。
「ねえ悠」
「ん?」
「ティータイムって、“何もしないを許す時間”なのかもね」
「……急にまとめに入るな」
「え?」
「お前、たまに最後だけ綺麗に着地するよな」
「だって飛びっぱなしだと危ないじゃん」
「自覚あったんだ」
春は得意げに笑って、ミルクティーを飲んだ。
たぶんこいつは、人生を楽しむ才能がある。
いや。
楽しむ理由を、勝手に作るのが上手いのかもしれない。
「悠」
「なんだよ」
「ポテト追加していい?」
「結局ただのおやつタイムじゃねえか」
「ティータイムだからね」
「万能ワードみたいに使うな」



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