「ダイヤモンドは落ちてない」

日常の不思議

「悠、ダイヤモンドってさ」

 帰り道、春が突然しゃがみこんだ。

「たまに道に落ちてたりしないのかな」

「落ちてないよ。石ころみたいに言うな」

 春はアスファルトをじっと見つめたまま、「でも可能性はゼロじゃないよね」と真顔で言った。

 六月の夕方だった。

 部活帰りの高校生が自転車で通り過ぎて、遠くで犬が吠えている。商店街の八百屋は片付けを始めていて、風だけがちょっと涼しかった。

 春は急に立ち上がる。

「ねえ悠。人生って、“ダイヤモンド探し”に似てると思わない?」

「急に壮大になったな」

「みんな下向いて歩いてるじゃん」

「スマホ見てるからな」

「でも私は、“宝探ししてる人”に見えるの」

「現代人への解像度が低いな」

 春は気にせず続ける。

「だってさ、毎日同じ道でも、“今日はなんかいいことあるかも”って思って歩いた方が楽しいじゃん」

「それは分かるけど」

「逆に、“どうせ何もない”って歩いてたら、ダイヤモンド落ちてても気づけないよ」

「いや、ダイヤモンド落ちてたら誰でも気づく」

「そうかなあ」

 春は自販機の前で止まった。

「案外、“期待してない人”って、見えててもスルーするかもよ?」

「どういうことだよ」

「例えば悠、道に急に一億円落ちてても、“ドッキリかな”って一回疑うでしょ」

「疑うよ。怖いから」

「私は拾う」

「強いな」

「で、“わーい!”ってなる」

「そのあと警察行け」

 春は笑った。

「でもね、そういうのって、たぶん小さいことでも同じなんだよ」

「……小さいこと?」

「コンビニで好きなお菓子最後の一個だったとか、帰り道の空がきれいとか」

「ああ」

「そういうのを、“ラッキー”って思える人って、毎日ちょっと得してると思う」

「まあ、それはそうかもな」

 春は満足そうに頷いた。

「だから私は、ずっと探してる」

「ダイヤモンドを?」

「うん」

「比喩だったんじゃないのかよ」

「比喩でもあるし、本物でもある」

「欲張りだな」

 その時だった。

 春が「あっ」と声を上げる。

「見て悠!」

 春が地面を指差す。

 そこには、夕日を反射して妙にキラキラしてる小さい石があった。

「……ガラスじゃん」

「でも今、一瞬“来た!”って思った」

「お前、その感情だけで人生楽しそうだな」

「楽しいよ?」

 即答だった。

 春はその石を拾い上げ、夕日に透かして見る。

「ほら、ちょっとダイヤモンドっぽい」

「百歩譲って、気持ちは分かる」

「でしょ?」

「でもそれ、たぶん昨日誰かがジュース瓶割ったやつだぞ」

「じゃあこれは、“元気な人の痕跡”だね」

「どう変換した?」

「だって、楽しくなかったら瓶なんて割れないし」

「いや、普通に事故かもしれないだろ」

「そっか。じゃあ“ちょっと不器用だった人の痕跡”か」

「お前の世界、全部やさしいな……」

 春は少しだけ首を傾げた。

「だってその方が、景色きれいに見えるもん」

 風が吹いた。

 商店街の旗がぱたぱた揺れて、夕日が少しだけ赤くなる。

 春はガラス片をそっと植え込みの上に置いて言った。

「本物のダイヤモンドじゃなかったけど、今日は当たりの日だったね」

「なんで」

「悠がちょっとだけ、“分かる”って顔したから」

「してない」

「したよ」

「してないって」

 春は楽しそうに笑う。

 たぶんこの先も、春は道端の光る石を見つけるたびに立ち止まるんだろう。

 そのたび僕は、「ただのガラスだろ」って言う気がする。

 でも。

 少しだけ立ち止まってしまう自分も、たぶんいる。

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