「おいしくな〜れ」

食べ物の話

「ねえ悠。“おいしくな〜れ”って、本当に効いてると思う?」

 昼休み。
 購買で買った焼きそばパンを見つめながら、春が真顔で言った。

「急だな」

「でもさ、メイドカフェとかでやるじゃん。“おいしくな〜れ♡”って」

「行ったことあるみたいな言い方やめろ」

「動画で見た」

 春はパンを両手で持ちながら、じっと見つめる。

「私はね、効いてると思うんだよね」

「気持ちの問題だろ」

「違う違う。料理って、“情報”も食べてるから」

「急にそれっぽいこと言うな」

 春は得意げにうなずいた。

「たとえば、同じカレーでも“愛情たっぷりです”って言われたらちょっとおいしそうじゃない?」

「まあ、気分は変わるかもな」

「つまり、“おいしくな〜れ”は料理への応援なんだよ」

「料理に応援が必要な状況、ちょっと不安だけどな」

 僕が言うと、春はパンに向かって小声で言った。

「がんばれ焼きそば」

「駅伝前の声かけみたいに言うな」

「今から悠に食べられるんだよ? プレッシャーあるでしょ」

「焼きそばパンに感情を与えるな」

 春は少し考えてから、真面目な顔になった。

「でもさ、人も似てるかも」

「何が」

「“がんばれ”って言われると、ちょっとだけ頑張れるじゃん」

「……まあ、それはある」

「だから料理も、“おいしくな〜れ”って言われたら、“よーし!”ってなるのかも」

「具材の士気で味決まる世界なの?」

「チーズとか団結力高そう」

「なんだよその偏見」

 春は笑いながら、焼きそばパンを半分にちぎった。

「はい、悠にも応援付きあげる」

「いらん、怖い」

「大丈夫。“おいしくな〜れ”済みだから」

「その“消毒済み”みたいな言い方やめろ」

 でも結局、僕は受け取った。

 春は僕のパンに向かって、やたら丁寧に両手をかざす。

「おいしくな〜れ」

「……」

「もっと人生うまくいけ〜」

「急に範囲広げるな」

「悩み減れ〜」

「追加効果みたいに言うな」

「肩こり飛んでけ〜」

「パンに何を求めてるんだよ」

 春は満足そうにうなずいた。

「よし。バフ完了」

「ゲームみたいに言うな」

 一口食べる。

 普通の焼きそばパンだった。

 本当に普通だった。

「どう?」

「……まあ、普通」

「おっ。つまり元から完成度が高かったんだ」

「なんでポジティブに着地できるんだよ」

「失敗しないからね、私の理論」

「無敵か」

 春は自分のパンを食べながら、もぐもぐとうなずく。

「でも、“おいしくな〜れ”って、たぶん料理のためだけじゃないと思うんだよね」

「まだ続くのか」

「なんか、“これから良くなってほしい”って思いながら言う言葉じゃん」

「……まあ」

「だから、人って意外と毎日いろんなものに唱えてるのかも」

 窓の外では、運動部の掛け声が聞こえていた。

 春はそれを聞きながら、小さく笑う。

「“頑張れ”も、“大丈夫”も、“気をつけて”も、全部ちょっと“おいしくな〜れ”っぽい」

「急に雑なくくり方したな」

「でも、ちょっと似てない?」

 春はそう言って、紙パックのいちごミルクを振った。

「世界って、応援でできてるのかもね」

「その理論だと、今のお前のいちごミルクも応援されてるけど」

「もちろん」

 春はストローを刺しながら、真剣な顔で言った。

「おいしくな〜れ」

「もう十分甘いだろ、それ」

「人生もね」

「まとめようとして失敗するな」

 すると春は、少しだけ笑った。

「じゃあ悠にも」

「やめろ嫌な予感する」

 春は僕を見て、いつもの調子で言う。

「今日もちょっと楽しくな〜れ」

「……」

 僕はため息をついた。

 でもたぶん、少しだけ効いていた。

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