「シャボン玉は、空まで逃げる」

遊びと趣味

「ねえ悠。シャボン玉って、めちゃくちゃ自由だよね」

 帰り道だった。

 商店街を抜けた先の小さな公園で、春は突然立ち止まった。

 小学生くらいの子どもが、ベンチの横でシャボン玉を飛ばしている。

「突然どうした」

「だって見て。風に全部まかせてるのに、なんか楽しそう」

「意思はないだろ、シャボン玉に」

 春はしゃがみ込んで、ふわふわ飛ぶ透明な球体を見上げた。

「でもさ、人間だったら怒られるよ。“もっと将来を考えて動きなさい”って」

「シャボン玉に将来設計は求めないからな」

「かわいそうに」

「誰が?」

「シャボン玉」

「感情移入の方向がおかしい」

 春は真面目な顔で頷いた。

「たぶんシャボン玉って、“今この瞬間だけ綺麗ならいい”って生き方してるんだよ」

「寿命が短いだけだろ」

「でも、短いのに全力で虹色だよ?」

「言い方だけ聞くと名言っぽいな」

 子どもが勢いよく輪っかを振る。

 大量のシャボン玉が一斉に飛び出して、夕方の光を反射した。

 春は「おおー」と歓声を上げる。

 小学生と同じ反応だった。

「悠もやりたい?」

「やらない」

「えー。絶対向いてるのに」

「何が」

「悠って、丁寧に飛ばしそう」

「雑な分析だな」

「シャボン玉って性格出るよ。勢いよくやる人は“数で勝負!”って感じだし、ゆっくり飛ばす人は“この一個を守りたい……”って感じ」

「占いみたいに言うな」

「ちなみに私は“全部がんばれー!”派」

「見れば分かる」

 春は近くにいた子どもから、なぜか自然に道具を借りていた。

 コミュ力が野生動物レベルである。

「ほら悠。一本貸してあげる」

「なんでお前が配る側なんだ」

「今、シャボン玉界の代表みたいな顔してたから」

「そんな界隈あるのかよ」

 仕方なく受け取る。

 春は嬉しそうに液をつけた。

「せーので飛ばそう」

「はいはい」

「せーの」

 二人で吹く。

 春のシャボン玉は、数だけはやたら多くて、すぐ割れた。

 僕のは少しだけ飛んで、ゆっくり上に昇った。

「あっ、やっぱり!」

「何がだよ」

「悠のシャボン玉、慎重」

「そんなことある?」

「ある。なんか“失敗しない飛び方”してる」

「嫌な分析だな……」

 春は僕のシャボン玉を目で追いながら、小さく笑った。

「でもさ」

「ん?」

「慎重なシャボン玉って、遠くまで飛ぶね」

 一番最後まで残った透明な球体が、夕陽の中をふわりと流れていく。

 風に揺れて、今にも消えそうなのに、なかなか割れない。

 春はそれを見ながら言った。

「急いで消えるのも綺麗だけど、長く浮いてるのも、ちょっとかっこいい」

「……シャボン玉の話だよな?」

「たぶん半分くらいは」

「半分混ぜるな」

 すると春は、急に真顔になった。

「でも悠って、割れなさそうでいいよね」

「褒めてる?」

「シャボン玉界ではかなり」

「まだその界隈あったのか」

 春が吹いたシャボン玉が、僕の額にぶつかって割れた。

「うわ」

「あ、今の“こんにちは”してた」

「絶対違う」

「悠に会えて嬉しかったんだよ」

「お前、世界の全部に感情あると思ってるだろ」

「うん」

「即答かよ」

 春は笑う。

 その横で、空に逃げていく最後のシャボン玉が、夕焼けの端で静かに消えた。

 なぜか少しだけ、ちゃんと飛び切った感じがした。

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