「流しそうめんは、たぶんスポーツ」

食べ物の話

「ねえ悠。流しそうめんってさ」

 春は突然、竹を見ながら言った。

「絶対、“食事”じゃなくて“競技”だよね」

「そうめんに失礼だろ」

 夏祭りの準備だった。

 商店街の端っこで、自治会のおじさんたちが竹を割っている。僕と春はその横で、なぜか流しそうめん用の紙コップを運ばされていた。

 セミがうるさい。

 暑い。

 春は元気だった。

「だって考えてみてよ。普通のご飯って、“待てば来る”じゃん」

「まあ」

「でも流しそうめんって、“迎えに行く食事”なんだよ」

「言い方だけ聞くと勇者みたいだな」

 春は真剣な顔で頷いた。

「しかも、ちょっとでも迷ったら取れない」

「まあ、流れていくからな」

「つまり人生に近い」

「急に重くするな」

 春は竹をじっと見た。

 たぶん何も考えてない顔だった。

 でもたまに、本当に考えてるのか分からなくなる。

「あとさ、流しそうめんって、“諦め”が大事だよね」

「諦め?」

「一回逃したやつを追いかけない」

「あー……」

「追いかけた瞬間、次のそうめん取れないもん」

「まあ、そうだな」

「だから人生も、“さっきのそうめん”を引きずるとダメなんだよ」

「例えが軽いのに、ちょっとだけ納得しそうになるのやめろ」

 すると春は、ふっと笑った。

「でも私、一回だけ追いかけたことある」

「そうめんを?」

「小学生の時」

「そんな黒歴史あるのか」

「めちゃくちゃ必死に追いかけたら、下流で知らないおじさんが取ってた」

「平和な世界だな」

「しかも“おっ、元気いいね!”って褒められた」

「そうめん界のスポ根か?」

 春は笑いながら、紙コップを積み上げていく。

 雑だった。

 絶対あとで崩れる。

「でもさ悠」

「ん?」

「流しそうめんって、“失敗しても空気が悪くならない食べ物”じゃない?」

「……あー」

 少しだけ分かった。

 たしかに焼肉だったら、肉を落としたらちょっと終わる。

 鍋でも空気が止まる。

 でも流しそうめんは、“取れなかった!”で笑いになる。

「なんか、“うまくできなかった”ことを笑えるの、いいよね」

 春はそう言って、竹に顔を近づけた。

「だから夏っぽいのかな」

「雰囲気でまとめたな」

「夏って、“まあいっか”の季節だし」

「聞いたことない定義だな」

「アイス溶けても、“暑いしね”で許されるし」

「お前は年中許されてる感じあるけどな」

「えへへ」

 褒めてない。

 その時だった。

 自治会のおじさんが、「試しに流してみるかー!」と声を上げた。

 まだ本番前なのに、そうめんが流れ始める。

 春の目が輝いた。

「来た」

「野生動物みたいに言うな」

 春は箸を構えた。

 真剣だった。

 たぶん部活より真剣だった。

「悠」

「なんだよ」

「これ、負けられない戦いかもしれない」

「そうめんに命かけるな」

「人生にはね、“本気を出すにはちょうどいい小さい戦い”が必要なんだよ」

「だから急に名言っぽくするなって」

 その瞬間。

 春は勢いよく箸を突っ込んだ。

 そうめんではなく、ミニトマトを取った。

 静止する春。

「……」

「……」

 春はゆっくり僕を見た。

「違うの来た」

「見れば分かる」

「フェイントだ」

「流しそうめんに駆け引き求めるな」

 すると春は、真顔でミニトマトを食べた。

「……でも、これはこれで当たりかも」

「適応力高いな」

「人生、だいたいそんな感じだよ」

「またそうめんで人生語ってる」

 春は笑った。

 夏の匂いがした。

 たぶん、竹と、水と、どうでもいい会話の匂いだった。

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