「三時のおやつはだいたい世界を救う」

食べ物の話

「悠。知ってる?」

 放課後、春は購買のクリームパンを見つめながら言った。

「人間の機嫌って、だいたい三時で決まるらしいよ」

「初めて聞いたな、その学説」

「だから三時のおやつって重要なんだよ。文明」

「規模が急にでかい」

 教室には夕方前の光が斜めに入っていた。

 部活に行くやつ、机に突っ伏してるやつ、窓際でスマホをいじってるやつ。

 そんな中で春だけは、なぜか世界を発見した人みたいな顔をしている。

「見て、このクリームパン」

「普通のクリームパンだな」

「違うよ。これは“今日を頑張った人専用アイテム”」

「購買のおばちゃんもそこまで背負わせてないと思う」

 春は袋を開けながら、ふふんと笑った。

「だってさ、おやつって不思議じゃない?」

「どこが」

「朝ごはんと夜ごはんは“生きるため”って感じなのに、おやつだけ“嬉しくなるため”に存在してる」

「……まあ、言いたいことは分かるけど」

「つまり人類は昔から、“ちょっと嬉しい”が必要だったんだよ」

「壮大だなあ」

 春はクリームパンを半分にちぎった。

 そして当然みたいな顔で、僕に差し出す。

「はい」

「え、いいのか」

「三時だからね」

「理由がゆるい」

 でも、受け取ってしまった。

 甘い匂いがする。

 僕は一口かじる。

「……うま」

「でしょ!」

 春はなぜか誇らしげだった。

「いや、お前が作ったわけじゃないだろ」

「でも“今クリームパン食べると幸せ”って提案したの私だよ?」

「発案者面するな」

「映画も“企画”って大事なんだから」

「クリームパンにプロデューサー制度持ち込むな」

 春は笑った。

 窓から風が入る。

 カーテンが少し揺れた。

「でもさ」

 春はパンを持ったまま、少しだけ真面目な声になる。

「みんな、疲れると“頑張らなきゃ”って思うじゃん」

「まあ、普通はそうだな」

「でも私は、“おやつ食べなきゃ”の方が先だと思う」

「解決方法が小学生なんだよ」

「だって余裕ない時って、だいたい甘いもの足りてないし」

「そんな車のガソリンみたいに言う?」

「心のガソリンだよ」

「うわ、ちょっとそれっぽい」

「でしょ?」

 春は得意げに笑う。

 たぶん今まで何百人も、この笑顔に押し切られてきたんだろう。

 論理は変なのに、最後だけ妙に納得してしまう。

「だからね」

 春は机に頬杖をつく。

「三時のおやつって、“今日ここまで来た記念”なんだと思う」

「記念?」

「うん。“よくやったので甘いものを与えます”ってやつ」

「急に自分に優しい制度だな」

「人生に必要だよ。自己表彰式」

「毎日開催する気か?」

「もちろん」

 春はクリームパンをもう一口食べる。

 そして満足そうに笑った。

「悠も表彰されとく?」

「何賞?」

「今日もちゃんと学校来たで賞」

「ハードル低っ」

「でも毎日ってすごいんだよ」

「お前、たまにそういうこと言うよな」

「えへへ」

 春は嬉しそうに笑った。

 教室の外では、運動部の声が聞こえる。

 夕方の光は少しオレンジ色で。

 クリームパンは甘かった。

 たぶん三時のおやつって、こういう時間のためにある。

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