「ねえ悠」
放課後だった。
春は教室の窓に映る自分を見ながら、なぜか真剣な顔をしていた。
「ポロシャツってさ」
「うん」
「服界のコウモリだよね」
「急に悪口みたいなこと言うな」
春は振り返った。
「だって見てよ。Tシャツほどラフじゃないし、ワイシャツほど真面目でもない」
「まあ中間ではあるな」
「どっちの陣営にも所属してる顔してる」
「服に派閥争いはない」
「体育の先生も着てるし、社長さんも着てるし、ゴルフする人も着てるし、小学生のお父さんも着てる」
「確かに守備範囲は広いな」
「つまりポロシャツは変装の達人」
「服の話だよな?」
春はうなずいた。
「ポロシャツ着てる人に『何してる人ですか?』って聞いても当たらない気がする」
「偏見の逆みたいな理論だな」
「もしポロシャツに履歴書書かせたらすごいよ」
「書かせるな」
「特技:どこにいても違和感がない」
「採用されそうで嫌だな」
春は机に頬杖をついた。
「Tシャツはね、『今日は休みです!』って顔してる」
「まあ分かる」
「ワイシャツは『働きます!』って顔」
「分かる」
「でもポロシャツは」
一拍置く。
「『場合によります』って顔してる」
「市役所の窓口か」
春は満足そうにうなずいた。
「人生で一番強い返事だよ」
「そうか?」
「だって『絶対』って言わないもん」
「ポロシャツに人生論を背負わせるな」
窓の外では運動部の声が聞こえる。
夕日が少しずつ教室をオレンジ色にしていた。
春は自分の襟をつまむ。
「でもさ」
「うん?」
「私、ポロシャツ好きなんだよね」
「なんで?」
「余裕があるから」
「余裕?」
「『今日はちゃんとします!』でもなくて、『今日は何もしません!』でもない」
春は襟をぴっと立てた。
「『まあ、その時考えます』って感じ」
「だいぶ適当だな」
「違うよ」
春は首を振る。
「選択肢を残してるの」
「おお」
「アイスも食べられるし、会議にも出られる」
「その二択の人生ある?」
「あるでしょ」
「ないと思う」
すると春は急に立ち上がった。
「よし!」
「何がよしなんだ」
「今からポロシャツごっこする」
「聞いたことない遊びだな」
「私がポロシャツ役」
「役?」
「悠はTシャツ役ね」
「なんで配役されたんだ」
春は胸を張った。
「私は『場合によります』しか言わない」
「面倒くさいな」
「さあ質問して」
悠は少し考えた。
「明日の天気は?」
「場合によります」
「宿題やった?」
「場合によります」
「宇宙人いる?」
「場合によります」
「便利だな」
「でしょ?」
春は得意げだった。
少し悔しくなって、悠は最後に聞いた。
「じゃあポロシャツって何なんだ?」
春は一瞬だけ考える。
そして笑った。
「服界の『とりあえずこれで』だよ」
「それだ」
「ね?」
「今日一番納得した」
「ポロシャツすごい」
「結局そこに戻るのか」
夕日が差し込む教室で、春は満足そうに襟を整えた。
たぶん明日になれば、また別のどうでもいいことを真剣に考えるのだろう。
そして悠は、それに付き合うのだろう。
ポロシャツみたいに。
場合によっては。



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