「歯磨きは、戦いだ」

日常の不思議

「悠、知ってる?」

 昼休み、春は突然真顔で言った。

「歯磨きって、毎日やってるのに毎日負けるんだよ」

「何に?」

「食べカスに」

「スケールが小さい戦争だな」

 春はパンをもぐもぐしながら頷く。

「しかも向こう、めちゃくちゃ隠れるの上手い」

「まあ、奥歯とかはな」

「昨日なんか、“ここにはいないよ〜”みたいな顔して挟まってた」

「食べカスに表情を与えるな」

「悠って歯磨きちゃんとしてる?」

「してるよ。一応」

「“一応”って人、だいたい奥歯が雑」

「偏見が歯科医レベルなんよ」

 春は机に頬杖をついた。

「でもさ、歯磨き粉ってすごいよね」

「急に話変わったな」

「口の中を“ハッカ味で制圧しました”みたいにしてくる」

「まあスースーはするな」

「私は毎回、“今なら北極でも戦える”って気分になる」

「歯磨き粉への信頼が異常」

「逆に悠は何味使ってるの?」

「ミント」

「無難!」

「歯磨き粉に冒険求めてないから」

「私は前、“ピーチ味”買ったことある」

「子ども用だろそれ」

「でも途中で、“桃食べた後みたいな口”になって混乱した」

「そりゃそうだ」

「脳が“デザートだ!”って喜ぶのに、口の中は歯磨き中なの」

「情報が事故起こしてる」

 春は急に真剣な顔になった。

「あと、歯磨き中って絶対変な顔になるよね」

「まあ、多少は」

「鏡見たら、“誰!?”ってなる」

「見なきゃいいだろ」

「でも見ちゃう。人類は鏡に抗えないから」

「急に哲学っぽく言うな」

 春は笑いながら立ち上がった。

「よし、歯磨き行こ」

「まだ牛乳残ってる」

「じゃあその後!」

「待機の圧が強いな」

「歯ブラシたちが“早く戦おうぜ”って言ってる」

「お前の世界、物にも意思あるの?」

「あるよ?」

「即答するな怖い」

 二人で廊下を歩く。

 春はスキップしながら言った。

「でも歯磨きって不思議だよね」

「また始まった」

「毎日絶対やるのに、誰もイベント感ない」

「まあ生活の一部だし」

「もっと盛り上げてもいいと思う」

「どうやって」

 春はニヤッと笑った。

「“全国一斉・いただきますの残党狩り”」

「歯磨きの呼び方終わってるだろ」

「“本日のターゲット、ネギ”」

「やめろ。急に歯磨きしたくなくなる」

 春はケラケラ笑う。

 その笑い声につられて、悠も少し笑った。

「悠」

「ん?」

「歯磨きって、案外エンタメだね」

「お前だけだよ、そんな楽しみ方してるの」

「えへへ」

「褒めてないからな」

 でもたぶん。

 春は明日も、歯磨きしながら笑ってる。

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