「ねえ悠」
帰り道だった。
「コロッケって、“許してくる感じ”あるよね」
「何その圧のない宗教みたいな言い方」
商店街の夕方は、油の匂いがする。
肉屋の前を通るたびに、春は吸い寄せられるみたいに立ち止まる。今日もショーケースの前で、完全に猫だった。
「見て。揚げたて」
「見れば分かるよ。湯気出てるし」
「コロッケってさ、ちょっと形崩れてても許されるじゃん」
「まあ……そうだな」
「これがショートケーキだったら大事件だよ?」
「たしかに倒れてたら終わりだな」
「でもコロッケは、“うんうん、今日はそういう日もある”って顔してる」
「どんな顔なんだよ」
春は真面目にケースを見つめた。
「端っこ割れてても、“むしろそこが美味しいです”みたいになるし」
「ポジティブ変換が強い」
「人生もコロッケ式なら平和なのにね」
「嫌な失敗も“サクサク感です”って処理するのか?」
「それはもう才能」
「雑すぎるだろ」
肉屋のおばちゃんが笑いながら揚げたてを包んでくれた。
春は「ありがとうございます!」と両手で受け取る。
その声がやたら明るいから、おばちゃんまでちょっと嬉しそうだった。
「一個食べる?」
「半分でいい」
「遠慮?」
「熱いんだよ」
「なるほど。コロッケのピーク時を避けてるんだ」
「台風みたいに言うな」
春は紙袋からコロッケを取り出した。
夕陽の中で湯気が立つ。
なんか、妙に美味そうだった。
「はい、半分」
「熱っ!」
「今の“熱っ!”って、たぶん全国共通だよね」
「まあ、だいたい同じリアクションにはなるな」
「人類、“熱いもの急に食べた時の顔”だけは団結してる」
「そんな平和な共通点ある?」
サク、っと音がした。
じゃがいもの甘さが広がる。
春は幸せそうに頬を押さえる。
「コロッケって偉いなぁ」
「また始まった」
「だって、揚げ物なのにちょっと優しいじゃん」
「まあ、トンカツよりは柔らかい雰囲気あるけど」
「“いっぱい食べな!”じゃなくて、“とりあえず一個どう?”って感じ」
「親戚のおばちゃんみたいな距離感だな」
「あと、パンにも入れるし、おかずにもなるし」
「万能ではあるな」
「自分の立場にこだわってない」
「コロッケの自己分析が深い」
春は少し考えてから、ふっと笑った。
「なんか、“ここにいていいよ感”があるんだよね」
一瞬だけ、言葉が止まった。
商店街を自転車が通り過ぎる。
遠くで店じまいのシャッターが鳴った。
春はすぐまた笑う。
「あと形もいいよね」
「戻るのかよ」
「丸いと安心する」
「おにぎり理論みたいに言うな」
「カリカリなのに中ふわふわって、ギャップ萌えだし」
「コロッケに“萌え”を持ち込むな」
「悠も将来、“外ツンツン中ふわふわ男子”を目指したほうがいいよ」
「嫌な二つ名だな」
「絶対モテる」
「コロッケ基準で人生設計したくない」
春は声を上げて笑った。
その笑い方につられて、僕も少し笑う。
気づけば紙袋は空だった。
「ごちそうさま」
「うん」
夕方の風が少し涼しい。
春は満足そうに歩きながら、ぽつりと言った。
「明日はメンチカツについて考えよう」
「世界に対する解像度の使い方、絶対間違ってるよなお前」



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