「浴衣って、歩く“夏”なんだと思う」

季節と天気

「悠。浴衣ってさ、“歩ける季節”だと思わない?」

 商店街だった。

 夏祭りの準備中らしく、頭の上には提灯が並んでいる。

 まだ夕方なのに、空気だけ先に夜祭りの顔をしていた。

「意味わからんこと言うな」

「だって浴衣の人いると、“あ、夏来た”ってなるじゃん」

「まあ、季節感はあるな」

「つまり浴衣は、“布になった夏”なんだよ」

「急に概念化するな」

 春はラムネを飲みながら、満足そうにうなずいた。

 今日は近所の祭りの日だった。

 春も浴衣を着ている。

 薄い水色に、白い朝顔。

 たぶんちゃんと可愛い。

 でも本人がそれを一切気にしていないので、風景みたいになっていた。

「でも浴衣って不思議だよね」

「何が」

「普段と同じ人なのに、“今日は特別です”って感じになる」

「服装ってそういうもんだろ」

「でも制服は“日常です”って顔してるじゃん」

「顔はしてない」

「スーツは“仕事です”って歩いてるし」

「だから服に人格を持たせるな」

 春はふむ、と考える。

「じゃあ浴衣は、“今日はちょっと人生を楽しんでます”って服だ」

「なんか急に良いこと言ったな」

「だから歩く速度も遅くなるんだよ」

「それは下駄が歩きにくいからだろ」

「違うよ。夏が、“急がなくていいよ”って言ってるの」

「季節がしゃべった」

 カラン、と春の下駄が鳴る。

 その音だけで、なんか涼しい気がした。

 商店街の向こうから、焼きそばの匂いが流れてくる。

 春は急に立ち止まった。

「どうした」

「悠。あれ見て」

 指差した先に、射的屋があった。

「お祭りだな」

「違う。あの景品のぬいぐるみ、全員“連れて帰ってほしい顔”してる」

「考えたことなかったな」

「でも一番かわいそうなの、実は店のおじさんだよね」

「なんで」

「毎年、“この子たちを旅立たせる仕事”してるから」

「射的屋を保育園みたいに言うな」

 春は少しだけ真面目な顔になった。

「しかも、当たった瞬間に“おめでとう!”って送り出してるんだよ」

「……まあ、そう言われると優しい仕事かもしれん」

「でしょ?」

「でも絶対そこまで考えてないぞ、おじさん」

「考えてなくても優しいことってあるからね」

 春はそう言って笑った。

 風が吹く。

 浴衣の袖が少し揺れる。

 提灯がカタカタ鳴った。

「なあ春」

「ん?」

「お前、浴衣似合ってるな」

 すると春は、きょとんとした。

「そりゃ浴衣だからね」

「いや、そういう意味じゃなくて」

「服が頑張ってるんだよ」

「全部服の功績にするな」

「だって浴衣、今日ずっと“夏です!”って顔してるし」

「だから服に人格を――」

「悠」

「なんだよ」

 春はラムネ瓶を持ち上げた。

「夏って、ちゃんと音がするね」

 ビー玉が、ころん、と鳴る。

 その瞬間だけ、商店街の時間が少しゆっくりになった気がした。

 悠は小さく息を吐く。

「……まあ、それはちょっとわかる」

「でしょ?」

「でもお前の言い方だと、夏が生き物なんだよな」

「生き物だよ」

「まだ言うか」

「毎年ちゃんと会いに来るし」

 春は当たり前みたいに言った。

 その横で、また下駄が鳴る。

 カラン、カラン。

 なんかその音のせいで。

 今年の夏も、悪くない気がした。

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