「ゴールデンウィークは、どこにも行かないのが一番遠い」

季節と天気

「悠、ゴールデンウィークってさ」

 朝のホームルーム前、春は窓際で空を見ながら言った。

「五回くらい“黄金”って言ってるのに、全然キラキラしてないよね」

「名前の話?」

「うん。もっと街とか金色にするべきだと思う」

「景観条例で止められるだろ」

 春は「そっかぁ」と素直に頷いたあと、突然こちらを向いた。

「じゃあ悠、ゴールデンウィーク何するの?」

「別に。家でゲームして、本読んで、寝る」

「最高じゃん」

「え?」

「人生うまい人の休日だ」

「いや、褒められてる感じしないな」

 春は机に頬杖をつきながら、楽しそうに笑う。

「みんなさ、“どっか行かなきゃ!”って焦るじゃん。ゴールデンウィークになると」

「まあ、連休だし」

「でも私は、休みって“何をするか”より、“何を感じるか”だと思うんだよね」

「急に深いこと言うな」

「たとえば、お昼にカップ焼きそば食べながら“あぁ、今日ずっと家にいるなぁ”って思う瞬間。あれ、かなり贅沢」

「規模が小さいなぁ、贅沢の」

「小さい贅沢を見つけられる人は強いよ」

 春はたぶん、本気で言っている。

 しかも、この人の場合、変な理屈なのに少し納得してしまうから困る。

「でも春、去年のゴールデンウィーク、“人生で一番遠くに行きたい”とか言ってなかった?」

「言った」

「で、隣町の公園行って帰ってきたよな」

「遠かったよ」

「自転車で二十分だぞ」

「でも、“知らないベンチ”があった」

「スケールが小さい!」

「悠、それは違う」

 春は真面目な顔になった。

「人って、“どこまで行ったか”じゃなくて、“どれだけ知らない景色を見たか”だと思う」

「……」

「だから、コンビニでも、いつもと違う道通るだけで冒険なんだよ」

「その理論でいくと、迷子も冒険だな」

「そうだよ?」

「肯定するなよ」

 春はケラケラ笑った。

 たぶんこの人は、失敗とか退屈とかを、“悪いもの”として見ていない。

 だから強い。

 いや、強いというより、“軽い”。

 重たいことを、重たいまま持たない。

「悠は?」

「ん?」

「ゴールデンウィーク、ほんとは何したいの?」

 不意に聞かれて、少し詰まった。

 やりたいこと。

 そう言われると、意外と浮かばない。

 休みが来る前は楽しみだったはずなのに、いざ近づくと、“無駄にしちゃいけない”みたいな気持ちになる。

「……まあ、特には」

「じゃあさ」

 春は立ち上がった。

「無駄にしよう」

「最低の提案きたな」

「でも、“無駄だったなぁ”って笑える休日って、たぶん良い休日だよ」

「それっぽいこと言うなぁ」

「実際そうじゃない? 後から覚えてるのって、完璧な日より、“なんだったんだあの日”って日だし」

 窓の外で、風が揺れた。

 グラウンドから運動部の声が聞こえる。

 連休前の学校って、少しだけ空気が軽い。

「じゃあ決めた」

 春は満足そうに頷く。

「今年のゴールデンウィークは、“特に意味のないこと”をいっぱいする」

「目標として終わってるだろ」

「まず、知らない自販機でジュース買う」

「規模が終始小さいんだよ」

「でもさ」

 春は笑った。

「人生って、案外そういうのでできてる気がしない?」

 その言葉に、僕はすぐ返事ができなかった。

 たぶん春は、特別な毎日を生きてるんじゃない。

 普通の日を、特別みたいに笑うのが上手いだけだ。

 だから、周りは惹かれる。

 少しだけ、真似したくなる。

「……じゃあまあ」

 僕はため息をついた。

「一本だけな。知らないジュース」

「やった」

 春は子どもみたいに笑った。

 ゴールデンウィークは、まだ始まってもいないのに。

 なんだかもう、少し楽しかった。

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