「悠。夕焼けってさ」
帰り道だった。
川沿いの道を二人で歩いている。
空はオレンジ色で、遠くの雲までゆっくり染まっていた。
「うん」
「空が家に帰ってる途中なんだと思う」
「どういう状態だよ」
春は夕焼けを見上げたまま続ける。
「だって朝は青いじゃん」
「そうだな」
「昼も青いじゃん」
「そうだな」
「なのに夕方になると急にオレンジになる」
「そうだな」
「つまり仕事終わり」
「色で判断するな」
春は満足そうにうなずいた。
「空も大変なんだよ」
「空に勤務時間を設定するな」
「毎日世界中を覆ってるんだから」
「確かに休みはないな」
「だから夕焼けは『本日もお疲れさまでした』の色」
「そんな会社員みたいなシステムじゃないから」
少し風が吹いた。
川面がきらきら光る。
春はふと立ち止まる。
「でもさ」
「なんだ」
「夕焼けって、見てるとみんなちょっと優しくならない?」
「まあ……そうかもな」
「不思議だよね」
「景色が綺麗だからじゃないか」
「じゃあ冷蔵庫の中も綺麗なのに優しくならない」
「比較対象がおかしい」
「プリンとか並んでるよ?」
「食欲は湧くけどな」
「ほら」
「ほらじゃない」
春は笑った。
「夕焼けって、“急がなくていいですよ”って空が言ってる感じがする」
「そんな機能はない」
「だって昼の太陽は『頑張れー!』って感じじゃん」
「勝手な解釈だな」
「夕焼けは『今日はここまででもいいよー』って感じ」
「空に人格を持たせるの好きだな」
「好き」
即答だった。
「雲もたぶんしゃべるし」
「しゃべらない」
「電柱もたぶん考えてる」
「考えてない」
「信号機は絶対ある」
「なんでそこだけ確信なんだよ」
春は少し考えた。
「毎日あんなに真面目に働いてるから」
「それは認める」
「赤、青、黄しか使えないのに頑張ってる」
「色数の問題だったのか」
「私なら途中で虹色にしたくなる」
「交通事故が増える」
「確かに」
春は素直に納得した。
そしてまた空を見上げる。
オレンジ色は少しずつ薄くなっていた。
「あ」
「どうした」
「空、もう家に着きそう」
「だから帰宅システムじゃないって」
「じゃあ今ごろ玄関で靴脱いでる」
「空に靴はない」
「大きいから脱ぐの大変そう」
「話が進んでるんだよなあ」
春は楽しそうに笑った。
「でもさ」
「うん」
「夕焼けが毎日違うのっていいよね」
「そうだな」
「同じ帰り道でも、空が違うと別の日って感じがする」
少しだけ沈黙が落ちる。
川の向こうで鳥が鳴いた。
春は満足そうに両手を後ろで組む。
「よし」
「何がよしなんだ」
「今日の夕焼けも見たから、今日は成功の日」
「基準が緩いな」
「毎日成功できるよ?」
「それはちょっと羨ましいな」
「でしょ」
春は得意そうに笑う。
空はもう半分くらい夜になっていた。
「じゃあ帰ろう」
「空も帰ったしね」
「まだその設定続いてたのか」
「明日の朝また出勤してくるよ」
「ブラック企業だな」
「空だから残業代は雲払いかな」
「最後に変なこと言うな」
春の笑い声が、夕暮れの道にふわりと広がった。



コメント