
湿地帯へ続く町の門前で、道具屋が臨時の露店を出していた。
机の上には、緑色の小瓶が並んでいる。
「毒消し、一本80ゴールド。沼へ入るなら持っていきな」
フェルミノは足を止め、瓶の封を確かめた。
「有効期限は?」
「未開封で半年。開けたら一週間だ」
隣で荷物を整えていた若い冒険者が、値札を見て顔をしかめた。
「毒にならなかったら、80ゴールドが無駄じゃないか」
「毒になってから買えば、一本分を確実に使えるぞ」
道具屋は腕を組んだ。
「沼の中に、うちの支店はないがな」
若い冒険者は笑ってごまかした。
「少しくらいなら、町へ戻ればいい」
フェルミノは湿地帯の案内板を見た。目的地の古い水門まで片道三時間。最初の毒沼は、町から一時間半の場所にある。
「戻る間も、毒は待ってくれますか」
「走れば早い」
「毒を受けた状態で?」
冒険者は黙った。
道具屋が小瓶を一本持ち上げる。
「この辺りの沼蛇なら、かまれてから一時間以内に飲めば間に合う」
「町まで一時間半ですね」とフェルミノが言った。
「だから門の外へ出る前に売ってる」
フェルミノは80ゴールドを払い、小瓶を道具袋の取り出しやすい場所へ入れた。
若い冒険者が首をかしげる。
「節約する人なのに、使うか分からない物を買うんだな」
「使わずに帰れれば、次の湿地でも使えます」
「半年以内に毒のある場所へ行かなかったら?」
「その時は、毒にかからなかった半年を80ゴールドで買ったことにします」
二人は別々に町を出た。
湿地帯の道は、木の杭と細い縄で示されていた。フェルミノは拾った長い枝で足元を確かめながら進む。水面の泡、草の揺れ、泥に残る細い跡。沼蛇が近くにいる兆候を一つずつ避けた。
一時間ほど進んだところで、前方から短い悲鳴が聞こえた。
さきほどの若い冒険者が、倒木の上に座り込んでいる。右足首には、小さな牙の跡が二つあった。
「大丈夫ですか」
「たぶん、枝で切っただけだ」
額には汗が浮かび、指先が震えている。
フェルミノは傷を見てから、周囲の草むらを確かめた。
「沼蛇です。足を動かさないでください」
「町へ戻る」
「歩けば毒が回ります」
フェルミノは自分の毒消しを取り出した。封を切り、冒険者へ渡す。

「飲んでください」
「でも、それは君の80ゴールドだろ」
「人命に必要な費用は、節約の対象ではありません」
冒険者は小瓶を飲み干した。
フェルミノは初級回復魔法で傷口を閉じ、安静にさせる。しばらくすると震えが収まり、呼吸も整った。
「助かった」
「立つのは、もう少し待ってからです」
「君はこのまま水門へ行くのか」
フェルミノは空になった瓶を見た。
目的地までは、まだ二時間。毒消しはゼロ本。沼蛇は一匹とは限らない。
「町へ戻ります」
「せっかくここまで来たのに?」
「一度助かったあとで、同じ危険を無防備に選ぶ理由はありません」
冒険者を支えながら、二人は来た道をゆっくり引き返した。
門前へ戻ると、道具屋は二人の顔と空瓶を見比べた。
「使ったのか」
「一本、追加でお願いします」
フェルミノはもう一度80ゴールドを置いた。
若い冒険者が慌てて財布を出す。
「最初の分も、今の分も俺が払う」
「使った一本分だけで結構です」
「二本とも俺のせいだろ」
「二本目は、私が明日も安全に進むための費用です」
冒険者は80ゴールドをフェルミノへ返し、自分の分の毒消しも買った。
道具屋が笑う。
「今度は、毒になる前に買うんだな」
「はい。毒になってからだと、買い物に戻る足がありません」
翌朝、フェルミノは新しい小瓶を持って湿地帯へ向かった。
使わなかった道具は、無駄に見える。
けれど安全のための道具は、使わずに済んだ時こそ、一番よく働いていることがある。

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