【女勇者フェルミノ 第16話】毒消しは、毒になる前に買う

女勇者フェルミノ第16話の表紙。【女勇者フェルミノ 第16話】毒消しは、毒になる前に買う 女勇者フェルミノ
湿地帯の入口で毒消しの小瓶と町までの案内板を見比べる黒髪の女勇者フェルミノ

湿地帯へ続く町の門前で、道具屋が臨時の露店を出していた。

机の上には、緑色の小瓶が並んでいる。

「毒消し、一本80ゴールド。沼へ入るなら持っていきな」

フェルミノは足を止め、瓶の封を確かめた。

「有効期限は?」

「未開封で半年。開けたら一週間だ」

隣で荷物を整えていた若い冒険者が、値札を見て顔をしかめた。

「毒にならなかったら、80ゴールドが無駄じゃないか」

「毒になってから買えば、一本分を確実に使えるぞ」

道具屋は腕を組んだ。

「沼の中に、うちの支店はないがな」

若い冒険者は笑ってごまかした。

「少しくらいなら、町へ戻ればいい」

フェルミノは湿地帯の案内板を見た。目的地の古い水門まで片道三時間。最初の毒沼は、町から一時間半の場所にある。

「戻る間も、毒は待ってくれますか」

「走れば早い」

「毒を受けた状態で?」

冒険者は黙った。

道具屋が小瓶を一本持ち上げる。

「この辺りの沼蛇なら、かまれてから一時間以内に飲めば間に合う」

「町まで一時間半ですね」とフェルミノが言った。

「だから門の外へ出る前に売ってる」

フェルミノは80ゴールドを払い、小瓶を道具袋の取り出しやすい場所へ入れた。

若い冒険者が首をかしげる。

「節約する人なのに、使うか分からない物を買うんだな」

「使わずに帰れれば、次の湿地でも使えます」

「半年以内に毒のある場所へ行かなかったら?」

「その時は、毒にかからなかった半年を80ゴールドで買ったことにします」

二人は別々に町を出た。

湿地帯の道は、木の杭と細い縄で示されていた。フェルミノは拾った長い枝で足元を確かめながら進む。水面の泡、草の揺れ、泥に残る細い跡。沼蛇が近くにいる兆候を一つずつ避けた。

一時間ほど進んだところで、前方から短い悲鳴が聞こえた。

さきほどの若い冒険者が、倒木の上に座り込んでいる。右足首には、小さな牙の跡が二つあった。

「大丈夫ですか」

「たぶん、枝で切っただけだ」

額には汗が浮かび、指先が震えている。

フェルミノは傷を見てから、周囲の草むらを確かめた。

「沼蛇です。足を動かさないでください」

「町へ戻る」

「歩けば毒が回ります」

フェルミノは自分の毒消しを取り出した。封を切り、冒険者へ渡す。

沼蛇にかまれた若い冒険者へ毒消しを渡す女勇者フェルミノ

「飲んでください」

「でも、それは君の80ゴールドだろ」

「人命に必要な費用は、節約の対象ではありません」

冒険者は小瓶を飲み干した。

フェルミノは初級回復魔法で傷口を閉じ、安静にさせる。しばらくすると震えが収まり、呼吸も整った。

「助かった」

「立つのは、もう少し待ってからです」

「君はこのまま水門へ行くのか」

フェルミノは空になった瓶を見た。

目的地までは、まだ二時間。毒消しはゼロ本。沼蛇は一匹とは限らない。

「町へ戻ります」

「せっかくここまで来たのに?」

「一度助かったあとで、同じ危険を無防備に選ぶ理由はありません」

冒険者を支えながら、二人は来た道をゆっくり引き返した。

門前へ戻ると、道具屋は二人の顔と空瓶を見比べた。

「使ったのか」

「一本、追加でお願いします」

フェルミノはもう一度80ゴールドを置いた。

若い冒険者が慌てて財布を出す。

「最初の分も、今の分も俺が払う」

「使った一本分だけで結構です」

「二本とも俺のせいだろ」

「二本目は、私が明日も安全に進むための費用です」

冒険者は80ゴールドをフェルミノへ返し、自分の分の毒消しも買った。

道具屋が笑う。

「今度は、毒になる前に買うんだな」

「はい。毒になってからだと、買い物に戻る足がありません」

翌朝、フェルミノは新しい小瓶を持って湿地帯へ向かった。

使わなかった道具は、無駄に見える。

けれど安全のための道具は、使わずに済んだ時こそ、一番よく働いていることがある。


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