街道沿いの宿を出ようとしたフェルミノに、宿屋の主人が一枚の紙を差し出した。
「北の鉱山町へ行くなら、地図を持っていきな。無料だよ」
紙には街道と森、それから大きな一本杉が描かれていた。
「ありがとうございます。作成日は?」
「さあ。昔から入口に置いてあるからね」
「縮尺は?」
「縮尺?」
「この指一本分が、何キロに相当するのかという意味です」
主人は地図を見直した。
「歩けば、そのうち着くよ」
フェルミノは礼を言い、地図を鞄へ入れた。ただし、宿の向かいにある道具屋にも寄った。
壁には三種類の地図が並んでいる。
簡略地図は5ゴールド。街道だけが描かれている。
旅人用地図は25ゴールド。距離、水場、野営地、危険区域が記されている。
測量士の地図は80ゴールド。高低差まで分かる精密なものだった。
「鉱山町までなら、5ゴールドので十分ですよ」
店員の勧めに、フェルミノは尋ねた。
「最後に更新されたのは?」
「簡略版は三年前。旅人用は先月です」
「街道に変化は?」
「春の土砂崩れで、北側が通れません。新しい迂回路なら二時間ほど短くなります」
フェルミノは25ゴールドを払った。
店を出たところで、同じ宿に泊まっていた商人が声をかけてきた。
「地図に金を払ったのかい? 宿でもらえるのに」
彼の手には、先ほどの無料地図がある。
「無料なのは紙だけです」
「道なんて歩けば分かるさ」
二人は同じ方向へ出発した。
一時間後、道は二つに分かれた。無料地図には一本杉を右とある。ところが、見える範囲に杉は三本あった。
商人は一番大きな杉を指した。
「あれだろう」
「根拠は?」
「一番立派だから」
フェルミノの地図では、右の道に赤い斜線が引かれていた。
「そちらは土砂崩れで通行止めです」
「でも、無料地図では近道だ」
「近くても通れなければ、道ではありません」
商人は少し迷

迂回路には、一時間ごとの距離標が立っていた。二つ目の標識の先に井戸があり、さらに先には屋根付きの休憩所があった。
フェルミノは地図の余白へ記録する。
水の補充は無料。休憩所の利用も無料。日没前に町へ着ける。
夕方、鉱山町の門が見えた。
門番が彼女の地図を見て言う。
「新しい道を使ったんですね。今日は早かったでしょう」
「予定より十二分早く着きました」
「正確だなあ」
「十二分あれば、宿を比較できます」
町には一泊30ゴールドの宿と、門限を過ぎると50ゴールドになる宿があった。フェルミノは30ゴールドの方を選んだ。
日が沈んでから、あの商人が泥だらけで門へ駆け込んできた。
「通行止めの前まで行って、戻ってきたよ」
彼は水筒を空にし、途中で水を8ゴールドで買い、靴底を傷めていた。安い宿の受付も終わっている。
「結局、地図代より高くついた」
「いくらですか?」
「水が8、宿の差額が20。靴の修理は明日聞く」
フェルミノは手帳を開いた。
「現時点で28ゴールド。私の地図は25ゴールドです」
「三ゴールド負けた」
「時間と靴の修理費を含めれば、差は広がります」
「慰めてくれないのか」
「次に同じ損をしない情報の方が、慰めより価値があります」
商人は無料地図を見つめた。雨に濡れ、一本杉の絵がにじんでいる。
「これは捨てた方がいいかな」
「いいえ。古い情報の見本として残せます」
「役に立つ?」
「『無料だから正しいとは限らない』と覚えるには」
翌朝、商人は道具屋で新しい地図を買った。
フェルミノは自分の地図に、昨日見つけた井戸の状態を書き足す。正確な情報も、古くなれば危険になる。
紙の値段は25ゴールド。
けれど彼女が買ったのは紙ではない。
迷わず進める時間と、避けられる損失だった。
地図は、道を描く紙ではなく、無駄な遠回りを出発前に消してくれる道具なのだ。

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