王国の謁見の間には、朝から張りつめた空気が漂っていた。
玉座の前に立つフェルミノへ、王が重々しく告げる。
「勇者フェルミノ。魔王を討ち、この国に平和を取り戻してほしい」
「はい。必ず」
フェルミノはまっすぐ王を見て、一礼した。
王国勇者選抜試験、首席。剣術だけでなく、判断力や危機対応も最高評価だった。20歳という若さを心配する声はあったが、その実力を疑う者はいない。
「初期装備と、支度金1,000ゴールドを用意した。旅に役立ててくれ」
「ありがとうございます。あの、1つ確認してもよろしいですか?」
「もちろんだ」
「装備が壊れた場合、修理費は支給されますか?」
「いや。支度金から出してもらう予定だが……」
「分かりました」

フェルミノは小さな手帳を開き、さらさらと書き込んだ。
王はなぜか、自分が試験を受けているような気分になった。
「それから、旅人登録所へ寄るといい。戦士や魔法使い、僧侶を集めて、4人ほどで旅をするのだ」
「その件ですが、今回は1人で行こうと思っています」
「1人で?」
「はい」
「危険ではないか?」
王が身を乗り出すと、フェルミノは少し申し訳なさそうに手帳を見せた。
「標準的な宿は、1人1泊80ゴールドです。4人なら320ゴールド。食費を1人1日60ゴールドとすると、4人で240ゴールドになります」
「待て。もう計算したのか?」
「昨日、眠る前に少し」
少し、と言いながら、手帳には細かな数字がびっしり並んでいた。
「宿代と食費だけで、1日560ゴールドです。支度金が2日もちません」
「もっと安い宿もあるだろう」
「相部屋なら4人で160ゴールドです。でも、よく眠れずに戦闘で怪我をしたら、治療費の方が高くなります」
「そこまで考えるのか……」
王の隣にいた大臣が、感心したようにうなずいた。
「大臣、感心している場合ではないぞ」
「ですが陛下、予算を考える姿勢は立派かと」
「勇者に必要なのは、もう少し冒険心ではないのか?」
フェルミノは困ったように眉を下げた。
「冒険心で宿代は払えません」
大臣が小さく吹き出し、慌てて咳払いをした。
「仲間には、金では買えない力がある」
王の言葉に、フェルミノは素直にうなずいた。

「私もそう思います。戦士がいれば守りが固くなりますし、魔法使いがいれば戦闘時間を短くできます。僧侶がいれば回復薬も節約できます」
「それなら――」
「ただ、装備の購入費を回収するまで、推定147日かかります」
王の手が止まった。
「魔王城までは?」
「120日を想定しています」
「旅の方が先に終わるな」
「はい。今の条件では赤字です」
大臣がまたうなずき、王に見られてそっと目をそらした。
「では、仲間が必要になったらどうする?」
「その時は、きちんと探します」
フェルミノは手帳を閉じ、少しだけ笑った。
「仲間がいらないと思っているわけではありません。今は、私1人で進めるところまで進みたいんです」
その声には、数字だけではない意志があった。
王はしばらく考え、やがて大きく息を吐いた。
「分かった。ただし、無理はするな」
「はい。命を危険にさらす節約はしません」
「それを聞いて安心した」
「では、最後にもう1つだけ」
「まだあるのか?」
フェルミノは遠慮がちに手を挙げた。
「魔王を討伐した場合、成功報酬はいくらでしょう?」
謁見の間が静まり返った。
王と大臣が顔を見合わせる。
「……平和と、国民すべての感謝では足りないだろうか」
「とても光栄です。でも、できれば金額も教えてください」
言い方は丁寧だったが、フェルミノは手帳を開いて待っていた。
「大臣」
「はい」
「予算書を持ってこい。今すぐだ」
こうして勇者フェルミノは、仲間ではなく、王国の正式な報酬契約書を手に旅立った。
契約書を鞄へしまう時、彼女はほっとしたように小さく笑った。
魔王討伐の旅は、まず金額の確定から始まった。
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