武器屋のカウンターで、フェルミノの剣が小さく鳴った。
店主が柄を揺らすと、金具の隙間がかすかに動く。刃に傷はない。だが、このまま振り続ければ握りが緩むという。
「締め直しと点検で15ゴールド。明日の昼には渡せるよ」
フェルミノはうなずいた。必要な修理だった。
壁には、もう1枚の札が掛かっている。
『当日仕上げ 追加10ゴールド』
「追加料金を払えば、今日ですか」
「ああ。今からなら、あと1時間」
通常の修理は15ゴールド。急げば25ゴールド。フェルミノは財布を開きかけ、その手を止めた。
「修理中に使う剣は、借りられますか」
「貸し出しは1日8ゴールドだよ」
店主は奥の棚から、丈夫そうな剣を1本取り出した。
見た目は似ている。だが、握った瞬間に違いが分かった。柄が太く、重心も少し先に寄っている。
「いい剣ですね」
「だったら、それで今日の仕事に行けばいい」
「いい剣と、いつもの剣は別です」
フェルミノは刃先を人のいない方へ向け、重さを確かめた。剣に問題はない。問題があるとすれば、初めて握った自分の方だった。
昨日、街道の製粉所から届いた依頼票が、鞄に入っている。作業小屋へ入り込んだ小型の魔物を追い出す仕事だ。報酬は140ゴールド。今日の日暮れまでに終える契約になっていた。
小屋には機械や粉袋が並んでいる。広い訓練場のようには振れない。慣れない剣を持ち込み、棚を壊したら、修理する物が増える。
「練習場はありますか」
「裏庭を使っていい。貸し剣に慣れるまで、少し振っていくといいさ」
フェルミノは貸し剣を台へ戻した。
「通常修理15ゴールドと、貸し剣8ゴールドで、23ゴールドですね」
「急ぎより2ゴールド安い」
「はい。ただ、練習する時間が要ります」
店主は少し笑った。
「勇者でも練習するのかい」
「勇者なので、依頼先の棚を練習台にできません」
裏庭から、木人を叩く音が聞こえた。別の客が、新しい剣を試しているらしい。
フェルミノは壁の札をもう一度見た。追加10ゴールドは、腕前を買う料金ではない。慣れた剣を今日使える状態に戻す料金だ。
「当日仕上げでお願いします」
「2ゴールドを惜しまないんだね」
「2ゴールドで、慣れていない手まで交換できるなら、貸し剣を選びます」
店主が、自分の手をちらりと見た。
「うちで売っているのは剣だけだよ」
「では、手に合う方を待ちます」
フェルミノは25ゴールドを支払い、剣を預けた。
待っている間に、製粉所の見取り図を確かめる。魔物の目撃場所、作業員の退避先、粉袋を置いていない通路。依頼主に聞くべきことを紙へまとめると、ちょうど店主が戻ってきた。
「できたよ。留め具を締め直した。刃と鞘も確認済みだ」
受け取った剣の柄を握る。いつもの細さ、いつもの重さ。金具はもう鳴らなかった。
「ありがとうございます」
「ずいぶん安心した顔をするね」
「今日は、修理する物を1つで終えたいので」
製粉所では、作業員を外へ出してから小屋へ入った。

粉袋の陰にいた魔物を、空いた通路へ誘う。短い踏み込みと、いつもの剣の動き。フェルミノは棚にも機械にも刃を触れさせず、討伐を終えた。
依頼主は小屋を見回し、ほっと息をついた。
フェルミノも粉袋の数を確かめた。破れた袋はない。依頼を終えるまでが仕事で、その途中に増やした損害は報酬とは別に残る。今日は、その欄を空白のままにできた。
「何も壊れていない。助かったよ」
確認を済ませ、140ゴールドを受け取る。今日の修理代25ゴールドを引けば、115ゴールドが残った。
武器屋の前を通ると、店主が入口から声を掛けた。
「無事に終わったかい」
「はい。棚の修理代は、掛かりませんでした」
「それはうちじゃなく、家具屋の仕事だ」
フェルミノは小さくうなずいた。
「今日は、お店を増やさずに済みました」

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