街道沿いの道具屋で、店主は一枚の厚紙を差し出した。
「勇者様。旅人カードを作りませんか。百ゴールドごとに印を一つ。十個で百ゴールド引きです」
フェルミノは、丸い印が十個並ぶカードを受け取った。
「発行料は?」
「無料です」
「有効期限は?」
「最後の買い物から三か月。本店と北の支店でも使えます」
「次にこの店へ来る予定はありません」
店主は少し笑った。
「質問が契約書みたいですね」
「割引は、使える条件まで確認しないと割引ではありません」
フェルミノは棚を見た。今日は松明と携帯食、靴ひもだけを補充する。合計は八十ゴールドで、印は付かない。
「あと二十ゴールドで一印です。虫よけ蝋燭はいかがです?」
「必要ありません」
「でも十印で百ゴールド引きですよ」
フェルミノは手帳を開いた。百ゴールドで一印。十印には千ゴールドの買い物が要る。還元率は一割で悪くないが、旅の途中で同じ店を使えるとは限らない。
「印を集めるために不要な物を買えば、割引より先に損をします」
背後で、革鎧の若い冒険者が声を上げた。
「俺、八個ある!」
彼は得意そうにカードを広げた。
「あと二回買えば百ゴールド引きだ。今日は回復薬をまとめて買う」
棚から四本の瓶を取る。フェルミノは彼の鞄を見た。
「回復薬は三本お持ちでは?」
「あるけど、印が埋まるし」
瓶の底には、来月の日付が刻まれていた。暑い時期を過ぎれば効き目が落ちる薬だ。
「七本を来月までに使いますか?」
「七本も怪我したくないな」
「百ゴールド引きのために二百ゴールド使うなら、百ゴールドの損です」
「でも印は埋まる」
「埋まった後、何を買いますか?」
彼は黙った。
店主が困った顔でうなずく。

「カードは、必要な買い物で貯まる人ほど得をします」
若い冒険者は回復薬を二本戻した。明日の洞窟に持っていく二本だけを残し、会計は百二十ゴールド。九つ目の印が押された。
「次は本当に要る時に来ます」
「それが一番です」と店主は言った。
フェルミノは予定どおり、松明と携帯食だけを買った。カードは作らなかった。
店を出てから、若い冒険者が聞く。
「フェルミノさんは、ポイントが嫌いなんですか?」
「いいえ。次の町でも必要になる物を、予定どおり買って印が貯まるなら好きです」
「じゃあ、なぜ作らないんです?」
「私は、カードを埋めるために旅の道順を変えそうだからです」
「百ゴールド引きのために遠回りする勇者」
「通行料と宿代を足せば、すぐ百ゴールドを超えます」
彼は笑った。
「魔王より先に負けてるな」
「でも、いつも同じ町に寄る人なら?」
「必要な補充のたびに通るなら、持つ価値があります。予定を縛らず、買う物だけ安くできますから」
「カードそのものが悪いわけじゃない」
「道具は、使う人の予定によって値段が変わります」
若い冒険者は九つ目の印を見て、少し慎重な顔になった。
「次は、カードじゃなくて必要な物を先に見るよ」
「その順番なら、印が貯まらなくても損はしません」
道具屋の扉が閉まると、店主は窓から二人を見送った。売上よりも、次に必要な時に思い出してもらう方が、長く続く商売なのかもしれない。
フェルミノは鞄の松明を確かめ、手帳に書いた。
『得をする条件は、ポイントの数ではなく、予定を変えずに使えるか』
その下に、もう一行足す。
『魔王城の近くに支店があれば、再検討する』
「作る気あるじゃないですか」
「条件が整えば、合理的です」
「その条件、店主が一番待ってますよ」

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