【女勇者フェルミノ 第4話】宝箱を開けない勇者

地下遺跡で閉じた宝箱を慎重に観察する黒髪のフェルミノ 女勇者フェルミノ

地下遺跡の最深部で、フェルミノは大きな宝箱を見つけた。

石造りの部屋の中央。金属の縁取り。いかにも高価な物が入っていそうな形だ。

案内役の若い盗賊は目を輝かせた。

「勇者様、宝箱です!」

「見ればわかります」

「開けましょう」

「開けません」

盗賊の手が空中で止まった。

「どうしてです?」

フェルミノは箱の周囲を一周した。

床には細い溝がある。蓋の蝶番は新しい。箱の前だけ埃が薄い。

「罠の可能性があります」

「それを調べるのが俺の仕事ですよ」

「調査料はいくらですか?」

「契約に含まれてます」

「罠を解除できなかった場合の治療費は?」

「そこまで考えて宝箱を諦める勇者、初めて見ました」

盗賊はしゃがみ、鍵穴をのぞいた。

「毒針はなし。爆発の魔法陣もなし。鍵は簡単です」

「箱型モンスターの可能性は?」

「蹴ってみます?」

「靴が傷みます」

盗賊は剣の鞘で箱を軽く叩いた。反応はない。

「普通の箱です」

「中身が普通とは限りません」

フェルミノは手帳を取り出す。

宝箱を開けた場合に得られるもの。

金貨、宝石、装備、回復薬、古代の資料。

失う可能性があるもの。

鍵開け道具の摩耗。罠による治療費。不要品を運ぶ労力。鑑定料。売却時の手数料。

「中身が空という可能性もあります」

「夢がないですね」

「夢は重量がないので助かります」

盗賊が鍵を外した。まだ蓋は開けない。

「ここまで無料です。あとは開けるだけ」

「開けた後が有料かもしれません」

「宝箱って普通、得するものですよ」

「誰が決めたのですか?」

「昔からです」

「昔の人の収支報告はありますか?」

盗賊は返事に困った。

フェルミノは荷物袋を量る。食料、回復薬、予備の布、討伐証明。すでに十分重い。

「仮に鉄の鎧が入っていた場合、運べません」

「着ればいい」

「今の装備より性能が低ければ、移動速度だけ下がります」

「宝石なら軽いですよ」

「盗賊に狙われます」

案内役の盗賊が自分を指した。

「俺がいますけど」

「今のところ、あなたは料金を払えば働く盗賊です」

「信用されてるのか、されてないのか」

部屋の奥で小さな音がした。石の隙間から風が抜けただけだった。

盗賊は宝箱の前に座り込む。

宝箱を前に計算するフェルミノ

「開けないなら、ここまで来た意味がないですよ」

「遺跡の地図を完成させました。依頼は達成です」

「でも、宝箱ですよ?」

宝箱を前に慎重に考える女勇者フェルミノ

「箱は利益ではありません」

「中身を見ないと利益かどうかわからない」

「見たら持ち帰りたくなります」

フェルミノの答えに、盗賊は少し笑った。

「欲しくなるんですね」

「人間なので」

フェルミノは無表情のままだったが、箱から視線を外していない。

盗賊は気づいた。

「本当は開けたいんでしょう」

「非常に」

「じゃあ開けましょう」

「だから開けないのです」

彼女は手帳へ一行加えた。

『欲しい物が入っている期待』は、判断を甘くする。

「では条件を決めます。中身が軽く、今すぐ使えて、鑑定不要なら持ち帰る。それ以外は置いていく」

「やっと勇者らしくなってきた」

「開けるのはあなたです」

「そこは俺なんだ」

盗賊が慎重に蓋を持ち上げた。

中から白い煙が噴き出した。

二人は同時に後ろへ飛ぶ。煙はすぐに薄れ、部屋に甘い匂いが残った。

宝箱の中には、小さな瓶が一本だけ入っていた。

盗賊が鑑定用の眼鏡をかける。

「高級香水ですね。王都なら300ゴールド以上」

「鑑定料は?」

「今ので5ゴールド」

「容器は軽い。売却可能。持ち帰ります」

フェルミノが瓶へ手を伸ばすと、盗賊が箱の底を指した。

『持ち主に幸運を。なお、香りは三日間取れません』

フェルミノは手を止める。

すでに部屋中へ香りが広がっていた。黒いマントにも染みついている。

「使用済みですね」

「開けた瞬間に使いましたね」

「売値は下がりますか?」

「香水なし、匂いだけの商品を買う人はいないと思います」

フェルミノは空のようになった瓶を見つめた。

宝箱を開ける前の収支、0ゴールド。

開けた後の収支、鑑定料マイナス5ゴールド。

さらに、三日間続く甘い香り。

遺跡を出る途中、モンスターは遠くから二人に気づいた。

「隠密行動ができませんね」

「いい匂いの勇者なんて珍しいですよ」

「宿で消臭を頼む場合、追加料金はいくらでしょう」

「開けなければよかった?」

フェルミノは少しだけ考えた。

「いいえ」

盗賊が意外そうに見る。

「開けたい気持ちの価格が5ゴールドなら、今回は安かったです」

「人間らしいこと言いますね」

「ただし次は、煙が出た時点で蓋を閉めます」

「もう次の宝箱を開ける気なんだ」


このシリーズを続けて読む

シリーズを順番に読む

← 前の話 | 次の話 →

コメント

遊ぶ
タイトルとURLをコピーしました