
フェルミノは、山道の見張り塔へ薬箱を届けた。
冒険者ギルドの依頼書には、こう書かれている。
『治療薬一箱を見張り塔へ運搬。報酬百八十ゴールド』
薬箱の封は切れていない。瓶の破損もない。時間も指定どおりだった。
見張り塔の管理人は受取書に署名すると、中庭の奥を指した。
「助かったよ、勇者様。じゃあついでに、あの柵も直してくれ」
木の柵が一枚、風で倒れていた。
フェルミノは依頼書を見た。
「柵の修理は、書かれていません」
「ハンマーで釘を打つだけだ。ついでだよ」
「ついでは、依頼の種類ですか」
管理人は目をしばたたかせた。
「いや、そういう言葉だ」
「では、報酬の種類でもありませんね」
フェルミノは倒れた柵を確かめた。
板は無事だが、古い釘が曲がっている。打ち直すより、新しい釘へ交換した方が安全だ。
「材料がそちらの支給なら、修理は四十ゴールドでお受けします」
「四十? たった一枚だぞ」
「たった一枚でも、倒れたままでは困るのですよね」
「それはそうだが……」
管理人は腕を組み、今度は軒下に積まれた空箱を指した。
「じゃあ、帰りにこの箱をギルドへ返してくれ。どうせ同じ道を戻るんだろう?」
空箱は三つあった。重くはないが、両手が塞がる。
「返送は二十ゴールドです」
「空だぞ」
「中身が空でも、私の手は空きません」
山道で魔物が出れば、箱を地面へ置く必要がある。雨が降れば、濡らさないよう覆いもかける。
空箱の価値と、運ぶ手間は別だった。
管理人は依頼書と、柵と、空箱を順番に見た。
「勇者なら、これくらいやってくれると思ったんだが」
「必要な仕事なら、お受けします」
フェルミノは静かに答えた。
「でも、必要な仕事ほど、最初から依頼書へ書くべきです」
「たかが六十ゴールドの違いだろう」
「はい。ですから、書いても報酬はほとんど変わりません」
管理人は言葉に詰まった。
少し考えた後、受取書の空いている部分に書き足す。
『追加依頼。柵の修理四十ゴールド。空箱の返送二十ゴールド』
「これでいいか」
フェルミノは文面を読み、うなずいた。
「引き受けます」
倉庫から新しい釘とハンマーを借り、フェルミノは柵を立て直した。
曲がった釘を抜き、新しい釘を打つ。板がぐらつかないことを確かめる。

それから空箱をひもでまとめ、背負えるよう固定した。剣を抜く手も塞がない。
見張り塔の管理人から、当初の百八十ゴールドと追加の六十ゴールドを受け取った。
合計二百四十ゴールド。
「次からは、柵と箱も最初から書いておくよ」
「その方が、引き受ける側も準備できます」
「依頼料が高く見えないか?」
「後から仕事が増えるより、最初から高い方が安いです」
管理人は、新しい受取書をまじまじと見た。
フェルミノは三つの空箱を背負い、見張り塔を出た。
「ついでって、便利な言葉だな」
背後から管理人の声がした。
フェルミノは振り返らずに答えた。
「はい。頼む側にとっては」
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