森の街道で戦闘を終えたフェルミノは、左腕の傷を確かめた。
深くはない。動かせる。出血も止まりかけている。
荷物の中には回復薬が3本あった。1本50ゴールド。飲めば傷はすぐに閉じる。
フェルミノは瓶を取り出し、しばらく見つめてから戻した。
「この程度なら自然回復で十分です」
同行していた荷運び商人が目を丸くした。
「勇者様、それ、さっき毒爪ウルフに引っかかれた傷ですよね」
「毒はありません」
「痛くないんですか?」
「痛みは支払いではありません」
「我慢できるかどうかを聞いたんですが」
フェルミノは傷に布を巻き、歩き始めた。
次の町までは約4時間。予定どおり進めば、日没前に着く。
30分後、腕の痛みが強くなった。荷物の重さが傷に響く。
フェルミノは歩幅を少し小さくした。
商人が振り返る。
「遅くなってません?」
「誤差です」
さらに30分後、誤差は目に見える差になった。
普段なら軽く越えられる倒木の前で、フェルミノは足を止めた。左腕で体を支えられない。
「迂回します」
「20分は余計にかかりますよ」
「回復薬は50ゴールドです」
「時間に値段をつけるなら、もう高くついてません?」
フェルミノは答えず、手帳を開いた。
迂回による遅れ、20分。
日没前に町へ着けない可能性、上昇。
門が閉まった場合の野営費用、最低22ゴールド。
夜間のモンスター対策、状況次第。
「まだ50ゴールド未満です」
「その計算、傷が悪化する分は?」
フェルミノは布の端をめくった。傷の周りが赤く腫れている。
「洗浄が不十分でした」
「薬、飲みましょう」
「町の治療院なら消毒だけで10ゴールド程度です」
「町に着けば、ですよ」
二人は迂回路へ入った。道はぬかるみ、木の根が複雑に張り出している。
フェルミノは一度だけ足を滑らせた。左腕をかばったため、右膝を地面につく。
商人がため息をついた。
「傷が一つ増えましたね」
「膝は無傷です」
「服が破れました」

フェルミノは膝を見る。黒い布に小さな裂け目があった。
補修糸、約3ゴールド。
予定より遅れたため、昼食の時間も短くした。乾いたパンを歩きながら食べる。うまく袋を開けられず、一つを地面へ落とした。

携帯食、5ゴールド。
「合計8ゴールドです」
「何がです?」
「回復薬を使わなかったことで発生した損失です」
「腕の痛みは入れないんですね」
「価格が決まっていません」
「じゃあ無料?」
フェルミノは少し黙った。
「無料ではありません」
森の奥から羽音がした。現れたのは、大きな蜂型モンスターが2匹。
フェルミノは剣を抜いたが、左腕が上がらない。片手で戦える相手ではある。しかし、いつもより一歩多く下がり、いつもより長くかかった。
戦闘を終えた時、右肩にも浅い傷が増えていた。
商人は何も言わず、回復薬の瓶を差し出した。
「それは私の商品です。60ゴールド」
「私の荷物には50ゴールドのものがあります」
「じゃあ、そっちを飲んでください」
フェルミノは自分の瓶を取り出した。
栓に指をかけ、もう一度手帳を見る。
服の補修3ゴールド。落とした食料5ゴールド。到着の遅れ。追加の傷。戦闘時間の増加。集中力の低下。
そして、使わずに残した回復薬は、傷を治してくれない。
「保存しているだけでは、ただの重い瓶ですね」
「やっと気づきました?」
フェルミノは回復薬を飲んだ。左腕の痛みが引き、二つの傷が淡い光とともに閉じていく。
肩を回す。いつものように動いた。
「効果は正常です」
「知ってます」
二人は元の速度で歩き始めた。迂回で失った時間は取り戻せないが、日没までにはぎりぎり間に合いそうだった。
町の門が見えた頃、商人が尋ねた。
「次からは早めに使います?」
「いいえ」
「えっ」
「傷の大きさ、残り距離、敵の出現率を先に計算します」
「結局、計算するんですね」
フェルミノは空になった瓶を捨てず、荷物へ戻した。
「瓶は薬屋で2ゴールドで引き取ってもらえます」
「そこはしっかり回収するんだ」
「回復薬は使うためのものです。瓶は売るためのものです」
彼女は少しだけ満足そうに歩いた。
今日の損失は小さくない。
ただし、次から同じ損をしなければ、授業料としては安い。

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