靴ひもは、ほどけてから話しかける

夕方の歩道でほどけた靴ひもを見せる春と、少し先から振り返る悠 春と悠シリーズ
夕方の歩道でほどけた靴ひもを見せる春と、少し先から振り返る悠

放課後、春と悠は駅へ向かう歩道を歩いていた。

「あっ」

春が急に立ち止まる。右足のスニーカーから、白い靴ひもが一本、だらりと歩道へ伸びていた。

「ほどけてる」

「見れば分かる」

「でも、今まで何も言わなかったよ」

春はしゃがみ込み、靴ひもの先をつまんだ。

「靴ひもって、ほどけてから話しかけてくるよね」

「何て?」

「『危ないよ』って」

「それは、お前が今しゃべらせた」

「注意が遅いと思うんだよ。ほどける三秒前に教えてほしい」

悠も足を止めた。通り過ぎる人の邪魔にならないよう、二人は建物側へ少し寄る。

「靴ひもに予知はできないだろ」

「じゃあ、途中経過でいいよ。『現在、結び目が七割ほど弱っています』」

「家電みたいに言うな」

春は左右のひもを引っぱった。ところが結ぼうとした瞬間、片方だけが手から逃げた。

「ほら。こういう時だけ急に自由になる」

「さっきまで踏まれそうだったからな」

「助けようとしてるのに」

「靴ひも側は、捕まえられてると思ってるかも」

春はもう一度ひもをそろえ、今度は蝶結びを作った。左右の輪の大きさが違う。

「できた」

「右が長い」

「個性」

「またほどける個性だな」

悠が指で輪を示す。春は少し考えてから、左右を同じくらいの長さに直し、さらにもう一度結んだ。

建物側へ寄った歩道で靴ひもを二重に結ぶ春と、そばで見守る悠

「二重にした。これなら黙っててくれるかな」

「ちゃんと結べてれば」

二人は歩き出した。

春は数歩進むたび、自分の右足をちらりと見る。白い蝶結びは、今度はきちんと靴の上に乗っていた。

「何も言わないね」

「仕事してる時の靴ひもは静かなんだよ」

春は納得したようにうなずいた。

「じゃあ、ほどけた時だけ苦情を言うタイプか」

「結び方へのな」

春はもう一度足元を見て、それから悠の靴へ視線を移した。

「悠のも黙ってる」

「朝からちゃんと仕事してるからな」

「ベテランだ」

「同じ靴ひもだよ」

駅の入口が見えてくる。春は少しだけ歩幅を小さくした。

「でも今日は、もう話しかけてこなくていいや」

「それが一番だな」

白い蝶結びは、最後まで何も言わずについてきた。


春と悠シリーズを読む

← 前の話:鉛筆削りは、書く前に短くする

次の話:バス停は、バスがいちばん短くいる場所 →

コメント

遊ぶ
タイトルとURLをコピーしました