「悠。人生って、たまにセーブし忘れるよね」
放課後の教室で、春が窓の外を見ながら言った。
「急に重そうな話するな」
「でも実際あるじゃん。あ、“あの時こうしとけばよかった!”ってやつ」
「まあ、後悔は誰でもあるけど」
「つまり人生にはセーブポイントが少ない」
「ゲームみたいに言うな」
春はうんうんと頷きながら、自分の机に突っ伏した。
六月の風がカーテンを揺らしている。
教室には部活前のざわざわした空気が残っていて、遠くでバスケ部のドリブル音が響いていた。
「でもさ」
春が顔だけこちらに向ける。
「人生がオートセーブだったら、みんなもっと雑に生きてる気がする」
「雑?」
「“失敗しても戻れるし!”って、たぶん全員もっと変な告白とかする」
「変な告白ってなんだよ」
「“君のことが好きです! あと今日の給食のみそ汁薄かったね!”みたいな」
「感情と塩分を同列に並べるな」
春は満足そうに頷いた。
「でも戻れるなら言えるじゃん」
「まあ……そうかもしれないけど」
「だから人生って、戻れないから面白いんだよ」
「急にいいこと言うな」
「でしょ?」
春は得意げだった。
たぶん今、“いいこと言った顔ランキング”があったら全国大会レベルだった。
「でも悠って、めちゃくちゃセーブしそうだよね」
「どういう意味だ」
「石橋を叩いて確認して、さらにセーブするタイプ」
「慎重って言え」
「私は逆」
「知ってる」
「“あ! なんか楽しそう!”で進む」
「その結果、前に野良猫追いかけて知らない神社入ってただろ」
「あれはイベント発生だった」
「RPG感覚で生きるな」
春は椅子をくるっと回した。
「でもね、悠」
「なんだよ」
「セーブデータって、“失敗した記録”でもあるんだよ」
「……ん?」
「レベル1から完璧な人いないじゃん」
「まあ」
「全部、“うわぁぁぁ!”ってなりながら進んでる」
「言い方」
「つまり黒歴史は、人生のバックアップ」
「嫌な保存形式だな」
俺がそう言うと、春はなぜか少しだけ嬉しそうに笑った。
「だから私は、失敗した日も好き」
「なんで」
「“あ、この日ちゃんと生きてたな”って感じするから」
窓の外で、運動場の歓声が上がった。
一瞬だけ沈黙が落ちる。
春はぼんやり空を見ていた。
「あとさ」
「まだあるのか」
「ゲームって、セーブデータ消えると泣くじゃん」
「まあ……ショックではある」
「でも人生って、自分が覚えてる限り消えないんだよ。すごくない?」
「いや、忘れるだろ普通に」
「私は昨日のプリン覚えてる」
「記憶容量をそこに使うな」
「しかも悠の分まで食べた」
「最悪だな!」
春は声を出して笑った。
教室の夕陽が、その笑い声をオレンジ色にしていく。
「でも大丈夫」
「何が」
「悠との会話、たぶん私ずっと覚えてるから」
「……急にそういうのやめろ」
「え、照れた?」
「照れてない」
「顔、オートセーブ失敗してるけど」
「表情管理をゲーム用語で説明するな」
春はまた楽しそうに笑った。
その笑い方が、たぶんずるい。
こっちは冷静にツッコんでるつもりなのに、最後にはなんとなく、“まあいいか”って気分にされる。
たぶん春は、人生を攻略してるんじゃない。
ただ、“コンティニュー画面”を怖がってないだけなんだと思う。
そしてそれは、少しだけ羨ましかった。



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