【女勇者フェルミノ 第10話】一番安い馬車は、まだ出発しない

女勇者フェルミノ第10話の表紙。【女勇者フェルミノ 第10話】一番安い馬車は、まだ出発しない 女勇者フェルミノ

港町へ向かう街道の入口に、二つの馬車乗り場が並んでいた。

左の看板には「定時便・35ゴールド・正午出発」。

右の看板には「乗合便・10ゴールド・6人集まり次第出発」。

若い旅人は迷わず右へ並んだ。

「同じ町まで行くのに、25ゴールドも安いですよ」

フェルミノは乗合便の受付に尋ねた。

「現在、何人ですか?」

「お二人を入れて3人です」

「あと3人が集まる平均時間は?」

「日によりますね。すぐの日もあります」

「最も遅かった日は?」

受付の男は少し考えた。

「夕方まで待ったことも」

フェルミノは定時便の切符を35ゴールドで買った。

「勇者様、お金がある人は違うなあ」

若い旅人が笑う。

「出発時刻を買いました」

正午、定時便は予定どおり動き出した。乗合便の前には、まだ3人しかいなかった。

若い旅人は木陰へ腰を下ろし、余裕のある顔で手を振った。

「25ゴールドあれば、港町で魚料理が食べられますよ」

「午後2時までに出発できれば、その計算で合っています」

「できますって。街道を使う人は多いですから」

フェルミノは乗合便の看板を見直した。そこには運賃と必要人数だけがあり、出発を保証する時刻はどこにも書かれていなかった。

街道は平坦で、港町までは4時間。途中の休憩所で馬を替えれば、門が閉まる前に着ける。

御者が言った。

「今日は夕方から雨らしいですよ。早い便でよかったですね」

一度目の休憩所では、馬の交換に10分だけ使った。御者は次の宿場へ伝令を出し、道のぬかるみを避ける経路も確認した。

「定時便は準備にもお金がかかるんです」と御者が言う。「客が少なくても馬を用意して、時刻になれば出しますから」

フェルミノはうなずいた。35ゴールドには、空席がある日の費用も含まれている。高いのではなく、約束を維持するための値段だった。

フェルミノは手帳を開いた。

港町の門は午後6時に閉まる。門の内側の宿は30ゴールド。門外の宿は、雨の日だけ50ゴールドになる。

定時便なら午後4時到着。宿を選ぶ時間が2時間ある。

乗合便が午後2時までに出れば、まだ間に合う。

ただし、出発がそれより遅れれば、安い切符の差額25ゴールドは宿代で消える。

午後4時、フェルミノは港町へ着いた。

なかなか出発しない馬車を待つ女勇者フェルミノ

宿を二軒見比べ、井戸と朝食が付く30ゴールドの方を選ぶ。荷物を置いた頃、窓に雨粒が当たり始めた。

翌朝、食堂にあの若い旅人が入ってきた。髪も外套も湿っている。

「乗合便は何時に出ましたか?」

「午後3時半です。最後の一人が来なくて」

「到着は?」

「午後7時半。門が閉まっていました」

彼は椅子へ座り、卓上に三枚の領収書を並べた。

馬車代10ゴールド。

待っている間に買った昼食8ゴールド。

門外の宿50ゴールド。

「合計68ゴールドです」

フェルミノは自分の手帳を見せた。

定時便35ゴールド。町の宿30ゴールド。合計65ゴールド。

「三ゴールド負けた……」

「さらに、港町で使える時間が半日減っています」

旅人は昼食の領収書を裏返した。

「待っている間、馬車が来たら困るから町にも戻れなかったんです」

「安い便を選んだあとで、行動の選択肢も減っています」

「そこまで数えます?」

「依頼の受付は午前中です」

若い旅人が顔を上げた。

二人が港町へ来た目的は、沖合の魔物を追い払う護衛依頼だった。募集人数は先着5人。受付は正午まで。

掲示板へ行くと、残り枠は一つだけだった。

「間に合った……」

旅人は胸をなで下ろした。

「もし満員なら、次の募集は3日後です」

「宿代がさらに90ゴールド」

「食費も必要です」

「もういいです。計算すると怖くなります」

受付を終えたあと、彼は帰りの馬車表を見た。

定時便35ゴールド。乗合便10ゴールド。

「帰りは定時便にします」

「理由は?」

「安い馬車が高いからです」

「少し違います」

フェルミノは乗合便の看板を指した。

「10ゴールドなのは、移動の値段です。いつ出発するか分からない時間は、値札に書かれていません」

「つまり、待ち時間も運賃?」

「予定を失う可能性まで含めれば」

若い旅人は定時便の切符を買った。

「35ゴールドで、何を買ったことになります?」

フェルミノは切符に印刷された出発時刻を見る。

「帰れる時刻です」

安い馬車は、確かに10ゴールドだった。

ただし、まだ出発していない。


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