「悠、母の日ってさ」
昼休み。
俺がパンを食べていると、春が突然そんなことを言った。
「一年で一番、“ありがとう”が許される日だと思うんだよね」
「普段から言えばいいだろ」
「普段だと照れるじゃん」
「それはまあ……少しは」
「だからイベント化するの。クリスマスにケーキ食べるのと同じ」
「感謝をケーキと並べるな」
春は満足そうに頷いた。
「よし。じゃあ悠、今年は何するの?」
「何って?」
「母の日」
「……特に考えてない」
その瞬間、春の動きが止まった。
「え?」
「え?」
「まさかのノープラン?」
「そんな驚くことか?」
「母の日だよ!? 一年に一回の“お母さん感謝デー”だよ!?」
「ネーミングが安いテーマパークみたいなんだよ」
春は机をバンッと叩いた。
「じゃあ会議しよう」
「何の」
「母の日作戦会議」
「嫌な予感しかしない」
「まず王道。カーネーション」
「まあ定番だな」
「でも悠が花屋でカーネーション選んでる姿、ちょっと面白い」
「なんでだよ」
「真顔で“赤いやつください”って言ってそう」
「言うかもしれないけど」
「店員さんに“お母さま思いなんですね”って言われて、“別に普通です”って照れそう」
「……やめろ。想像できる」
春はケラケラ笑った。
「じゃあ次。肩たたき券」
「昭和か」
「でも意外と嬉しいかもよ?」
「高校生が肩たたき券渡すの、逆に重いだろ」
「確かに。“まだ使える息子です”感ある」
「その表現やめろ」
春はしばらく考えてから、急に真顔になった。
「でもさ」
「ん?」
「たぶん一番嬉しいのって、“覚えてた”ってことだと思うんだよね」
「……」
「プレゼントが高いとかじゃなくて、“ちゃんと考えてくれたんだ”ってやつ」
珍しく、静かな声だった。
俺はパンの袋を丸めながら言う。
「春は何するんだよ」
「私はもう決めてる」
「何?」
「夕飯作る」
「お、いいじゃん」
「オムライス」
「定番だな」
「ハート描く」
「やめとけ」
「“いつもありがとう♡”ってケチャップで書く」
「重ねるな重ねるな」
「あと旗も刺す」
「子どもランチじゃねぇか」
春は吹き出した。
「でも、お母さんってさ」
「うん」
「たぶん、そういう“ちょっとバカっぽいこと”のほうが覚えてたりするよね」
「……まあ、それはわかるかも」
「完璧なプレゼントより、“あの時なんか変なの作ってたなー”のほうが残るというか」
窓の外で、風が揺れていた。
教室の騒がしさの中で、春だけがいつも通り笑っている。
「悠もさ」
「ん?」
「難しく考えなくていいと思うよ」
「……」
「“ありがとう”って、うまく言うゲームじゃないし」
その言葉だけ、不思議とまっすぐだった。
チャイムが鳴る。
春は席に戻りながら、最後に振り返った。
「最悪、“いつもどうも”でも伝わるから」
「雑だな」
「でも、言わないより百倍いい」
たぶん春は、
特別ポジティブなんじゃない。
“恥ずかしくて言えないこと”を、
少しだけ先に言える人なんだと思う。



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