「ねえ悠。ラジオってさ」
帰り道、春は自販機の前で立ち止まった。
「知らない人が、知らない人に向かって、ずっと喋ってるんだよ」
「急にラジオの核心みたいなこと言うな」
「しかも深夜二時とかに」
「時間まで限定するな。なんか寂しくなるだろ」
春はコーンポタージュを買って、缶を両手で包んだ。
まだ少し寒い春先の夕方だった。
「でも不思議だよね。会ったことないのに、“こんばんは〜”って言われたら、“こんばんは”って気持ちになる」
「まあ、分からなくはない」
「これってもう半分、遠距離幼馴染だと思う」
「ラジオパーソナリティに距離感バグってるやつ初めて見た」
春はふーふーしながら缶を眺める。
「悠、ラジオってさ。たぶん、“今ひとりの人”を狙って喋ってるんだよ」
「リスナー全員じゃなくて?」
「うん。“今なんか眠れないな〜”って人」
春は空を見上げた。
電線が夕焼けを細かく切っていた。
「だからラジオって、“頑張れ”ってあんまり言わないじゃん」
「……たしかに」
「“今日コンビニで変な客いたんですよ〜”とか、“カレーこぼしました”とか、そういう話ばっかりする」
「まあ、雑談がメインだしな」
「でも、あれ聞いてると、“あ、この人も別に完璧じゃないんだ”ってなる」
「それで安心する人はいるかもな」
「つまりラジオって、“人類、今日もなんとか生きてます”の定期報告なんだよ」
「壮大なのに内容がゆるい」
春は缶を持ったまま歩き出した。
「私ね、昔ラジオ聞きながら寝てたことあるんだけど」
「へえ。意外」
「なんか、“自分だけ起きてるわけじゃない”って感じがして安心するんだよね」
「……ああ」
「深夜って、“世界に自分しかいない感”あるじゃん」
「まあ、あるな」
「でもラジオつけると、“あ、知らない人めっちゃ喋ってる”ってなる」
「安心の仕方が雑なんだよ」
「人類の気配って大事なんだよ」
「もっと言い方あるだろ」
春は少し考えてから、急に真顔になった。
「だから私は、もしラジオやるなら」
「やる前提なんだ」
「毎回、“今日も生き延びましたね〜”から始める」
「終末世界の放送か?」
「あと、“眠れない人は羊じゃなくて、唐揚げ数えてください”って言う」
「油っぽい夢見るぞ」
「一羽、二羽よりお腹すくから、逆に眠気くると思う」
「理論が飲み会終わりの大学生なんだよ」
春は笑った。
そのあと、少しだけ静かな時間があった。
遠くで電車の音がした。
「でもさ」
春が言う。
「ラジオって、“聞いてるだけで参加できる”の、優しいよね」
「……参加?」
「うん。メール送らなくても、何もしなくても、“聞いてる”だけで成立する」
「ああ……」
「世の中、“ちゃんと話せる人”がすごいみたいな空気あるけど」
春はポタージュを一口飲んだ。
「“ちゃんと聞ける人”も、かなりすごいと思う」
僕は少しだけ前を歩く春を見た。
たぶんこいつは、深く考えてるのか、何も考えてないのか、ずっと分からない。
でも時々、どうでもいい話の途中で、急に変な角度から心に入ってくる。
「……で、お前ラジオやるなら名前どうするんだよ」
僕が聞くと、春は即答した。
「“深夜二時のポタージュ”」
「絶対眠くなる」
「でしょ? コンセプト勝ち」
「いや負けてるだろ」
春は満足そうに笑った。
たぶん今日も、世界はこいつにだけ少し優しい。



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