「悠。街路樹って、街が寂しがり屋だから植えてるんだと思う」
下校中だった。
夕方の風がぬるくて、信号待ちの車がぼんやり光っている。
歩道の横には、等間隔に並んだ街路樹。
春はその一本を見上げながら、なぜかちょっと感心した顔をしていた。
「行政を巨大なメンタルケア組織みたいに言うな」
「でもさ、コンクリートだけだと街って“無機質です!”って顔してるじゃん」
「建物に表情を感じるタイプの人間だったか」
「だから木を置いて、“ほら、自然ありますよ〜”って優しさを足してるんだよ」
「観葉植物みたいに言うな。駅前に置けるサイズじゃないだろ」
春は「ふふん」と得意げに笑った。
「つまり街路樹は、街の“なんかいい感じ担当”」
「仕事内容が曖昧すぎる」
「でも実際、木があるだけでちょっと落ち着かない?」
「まあ、それは分かる」
「ほら」
春は勝ち誇った顔をした。
「人類、昔は森にいたからね。DNAが“葉っぱあると安心する機能”を搭載してる」
「急にそれっぽいこと言うな」
「だからたまに公園行くと、“あ〜……”ってなるでしょ?」
「語彙を失った人みたいな再現やめろ」
信号が青になる。
春は横断歩道を渡りながら、街路樹の影をぴょんぴょん踏んでいく。
「あと街路樹って偉いよね」
「今度は何」
「ずっと立ってるのに、誰にも褒められない」
「まあ……確かに」
「春とか咲かせてるのに、“おっ、桜だ”で終わるし」
「それは桜側も別に拍手を求めてないだろ」
「でも私なら求める」
「お前は求めるだろうな」
「毎年、“今年も咲きましたー!”って横断幕出す」
「うるさい桜だな」
春は少し考えてから、真顔で続けた。
「でも木って偉いよ。夏は日陰作るし、秋は“季節変わりましたよ”って教えてくれるし」
「まあ、季節感はあるな」
「人類、木がなかったら“今何月?”って毎回スマホ確認してる」
「そこまでじゃない」
「紅葉見て“秋だ〜”ってなるの、かなり木に頼ってるよ?」
「言われるとちょっと否定しづらいな……」
風が吹いた。
葉っぱが揺れて、道にまだらな影が落ちる。
春はその影を見ながら、ふっと笑った。
「街路樹ってさ」
「うん」
「たぶん、“急がなくていいよ”って空気を作ってるんだと思う」
「……また急に綺麗にまとめようとしてる?」
「いや、だって木って急いでる感じしないじゃん」
「まあ、走ってる木は見たことないな」
「でしょ?」
春は満足そうにうなずいた。
「だからみんな、木を見るとちょっとだけ歩く速度が落ちるんだよ」
「そんな統計ある?」
「ない。でもあったらちょっと嬉しい」
「願望ベースで世界を見るな」
すると春は、歩道の端の小さな街路樹を見つけて立ち止まった。
まだ細くて、支柱に支えられている若い木だった。
「あ、これ新人街路樹だ」
「新人街路樹ってなんだ」
「まだ“街に馴染むコツ”分かってない顔してる」
「木の顔を読むな」
「たぶん今、“え、ここ交通量多くない?”って思ってる」
「配属初日の新入社員みたいに言うな」
春はしゃがみ込んで、その木を見上げた。
「でも、こういうのが何年後かに“ここ昔からいますけど?”みたいな顔になるんだろうね」
「……まあ、それはちょっと分かる」
「人間も同じかも」
「珍しく普通のこと言ったな」
「だから悠も、あと十年くらいしたら“昔から落ち着いてましたけど?”みたいな顔になるよ」
「今も別に落ち着いてるだろ」
「いや、今は“頑張って冷静なフリしてます”感ある」
「なんだその分析」
春は立ち上がると、また歩き出した。
夕陽が街路樹の隙間から差し込んで、アスファルトに長い影を作る。
「でもいいね、街路樹」
「急な締め」
「ただ立ってるだけで、“この街ちゃんと生きてますよ”って感じする」
「……それは、ちょっと分かる」
「でしょ?」
春は嬉しそうに笑った。
「だから私は木を見ると、“お疲れさまです”って気持ちになる」
「管理職みたいな感想だな」
「いつか街路樹から感謝状もらえるかもしれない」
「誰名義だよ」
「日本街路樹協会」
「ありそうで嫌だな……」



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