「クッキーの気持ち」

食べ物の話

「悠。お菓子作りって、めちゃくちゃ性格出るよね」

 放課後の家庭科室で、春が真顔で言った。

「急に心理学みたいな入り方するな」

「だってクッキーって、“焼かれる前はみんな平等”なのに、焼かれた瞬間に人生分かれるんだよ?」

「クッキーに人生背負わせるな」

 家庭科室には、甘い匂いが広がっていた。

 今日は調理実習の居残りで、班ごとに自由にお菓子を作っていい日だった。

 他の班はもう帰っていて、残っているのは春と悠だけ。

 窓の外は夕焼けで、オレンジ色の光が流し台に反射している。

 春はボウルを抱えながら、なぜかすごく嬉しそうだった。

「見て悠。この生地、未来感じる」

「ただの小麦粉とバターだろ」

「いや、“まだ何者でもない感”がすごい」

「就活生みたいに言うな」

 春は生地をこねながら、ふふんと鼻を鳴らした。

「でも、お菓子作りって優しいよね」

「そうか?」

「うん。だって、失敗しても大体食べられる」

「あー……まあ」

「人生もそれでいいと思う」

「急に深そうなこと言うな」

「クッキー焦げても、“香ばしいですね”って顔すれば勝てるし」

「そのメンタルで生きられるの羨ましいな」

 悠がため息をつくと、春は不思議そうに首をかしげた。

「え? 悠、焦げたことある?」

「あるよ。普通に」

「でも生きてるじゃん」

「雑だな励まし方」

「励ましてないよ?」

「してないのかよ」

 春は型抜きを始めた。

 星型、ハート型、なぜか恐竜型。

「なんで恐竜いるんだよ」

「ロマン」

「製菓に必要?」

「クッキー界にもジュラ紀があっていいじゃん」

「聞いたことないわ」

 春は恐竜型を持ち上げて、しみじみ言った。

「ティラノサウルスって、たぶんお菓子作り向いてないよね」

「そりゃ腕短いしな」

「“混ぜる”の工程で心折れる」

「恐竜のメンタル分析やめろ」

 その時だった。

 春が天板を持ちながら固まった。

「……悠」

「どうした」

「重大なことに気づいた」

「嫌な予感しかしない」

「クッキーって、“焼く前”のほうがかわいくない?」

「……あー」

 確かに、整った形の生地は妙に愛着がある。

 焼いた後より、“これから感”があるというか。

 悠が少し考えていると、春が静かにうなずいた。

「人もそうかも」

「また始まったな」

「完成してる人より、“なんか頑張ってる途中の人”のほうが見ちゃう」

「……まあ、それはわかる」

「だからクッキー生地見ると応援したくなるんだよ」

「発想の飛距離がすごい」

 春はオーブンの前にしゃがみ込んだ。

 中でクッキーが少しずつ膨らんでいく。

「悠」

「ん?」

「クッキーって偉いね」

「なんで」

「こんな熱い場所入れられてるのに、“いい匂い”になって出てくる」

「……」

「私だったら文句言う」

「お前は絶対言うな」

「“なんで二百度なんですか?”って確認する」

「店員みたいに言うな」

 悠は思わず吹き出した。

 すると春が、ちょっと満足そうに笑った。

「ほら」

「何が」

「お菓子作りって、楽しい」

と言いながら、春は焼き上がったクッキーを見つめていた。

「うわ。見て悠」

「ん?」

「恐竜だけ、ちょっと焦げてる」

「ジュラ紀、火山多かったからな」

「歴史考証が細かい」

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