山道の分かれ目に、二つの看板が立っていた。
右は、渓谷に架かる石橋。
『通行料 二十ゴールド。向こう岸まで五分』
左は、谷を大きく回る細い道。
『無料。向こう岸まで三時間』
フェルミノは二枚の看板を見比べた。
「無料の方へ行きます」
隣にいた若い冒険者が、迷わず左を指した。
「三時間かかりますよ」
「でも、二十ゴールド浮きます」
「水と食事は持っていますか」
「水筒が一本と、昼のパンが一つです」
「それは、橋を渡るなら十分です」
冒険者は胸を張った。
「少しくらい歩けます。旅人ですから」
「少しくらい、の単位が三時間なのですね」
フェルミノは橋の料金所へ向かった。
番人へ二十ゴールドを渡すと、木札を一枚受け取る。
橋は頑丈な石造りで、両側に腰の高さまで欄干があった。谷底から強い風が吹き上がってくるが、足場は平らで歩きやすい。
五分後、フェルミノは向こう岸へ着いた。
目的の町までは、そこから一時間ほどだった。
ところが町へ入る前に、道端のベンチで見覚えのある冒険者を見つけた。
泥だらけの靴を脱ぎ、空の水筒を振っている。
「三時間の道ではありませんでしたか」
「二時間歩いたところで、崖崩れでした」
「戻ってきたのですね」
「戻るしかありませんでした」
冒険者は疲れた顔で、橋を振り返った。
「結局、橋を渡りました。合計で四時間と二十ゴールドです」
「パンは?」
「途中で食べました」
「水は?」
「途中で飲みました」
「では、浮いたものはありませんね」
「疲れは増えました」
「それは無料ではありません」

フェルミノは地図を広げた。
迂回路には、小さく『雨天時通行止めの場合あり』と書かれている。今朝まで降っていた雨で、地面が崩れたらしい。
「看板には書いてありませんでした」
「道の入口にある説明だけで、道の最後まで保証されるとは限りません」
「でも、通れる日なら無料です」
「はい。ただし、三時間分の水と食事、日没までの余裕、靴の消耗、それから道が使えなかった時の戻り時間が必要です」
冒険者は泥のついた靴底を見た。
「全部合わせると、二十ゴールドより高いですか」
「今日は確実に」
「勇者様は、時間にもお金を払うんですね」
「時間そのものではありません」
フェルミノは橋の向こうに傾き始めた太陽を見た。
「明るいうちに町へ着けることへ払いました」
日が落ちれば、山道には魔物が出る。
戦えば武器が傷み、けがをすれば薬が要る。野営になれば食料も必要になる。
二十ゴールドは、五分のためだけの料金ではなかった。
冒険者は立ち上がり、空の水筒を荷物へ戻した。
「次からは、無料の道を選ぶ前に地図を見ます」
「それがいいと思います」
「地図を持っていなかったら?」
「橋を渡ってください」
「地図代より安そうですね」
「その比較は、以前にもしました」
フェルミノは町へ歩き出した。
無料の道は、料金を取らない。
けれど、時間も体力も、帰り道まで無料にしてくれるわけではない。
橋の通行料は、向こう岸までの五分だけでなく、予定どおり先へ進める確かさの値段だった。

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