「唐揚げ定食は、今日も世界を救えない」

食べ物の話

「唐揚げ定食って、すごいよね」

 昼休み。
 購買へ向かう途中、春が急に立ち止まった。

「また始まったな」

「だって考えてみてよ。唐揚げって、“揚げられてる”のに人気者なんだよ?」

「人気者の条件そこなの?」

 春は本気の顔だった。
 たぶん、本人の中ではかなり大事な話らしい。

「普通、油に沈められたら人生終わった感あるじゃん」

「唐揚げに人生を見出すな」

「でも唐揚げは違うの。揚げられた結果、“うまそう”になる」

「怖いこと言ってるって自覚ある?」

 春はふむ、と腕を組んだ。

「つまり人間も、ちょっと大変な目にあったほうが味が出るのでは?」

「雑に深いこと言うな」

 こいつはこういうやつだ。

 なんでも楽しそうに話す。
 雨でも、宿題でも、体育のシャトルランでも。

 前に「シャトルランって“帰ってきてくれる安心感”あるよね」と言っていた。
 意味はわからなかったが、なぜか少し納得してしまった自分が悔しい。

 春は窓の外を見ながら言った。

「悠ってさ、最近ちょっと疲れてるよね」

「……普通だよ」

「普通の人、“無”の顔で牛乳飲まないよ」

「どんな観察眼してるんだよ」

「しかもストロー噛んでた」

「細かいな」

 春は笑った。

「でも大丈夫。今日は唐揚げ定食の日だから」

「だから何なんだよ」

「世界、ちょっとマシに見える」

 断言した。

 ここまで自信満々に“唐揚げ定食”を語れるやつを、僕は他に知らない。

 食堂に着くと、春は迷わず唐揚げ定食を注文した。
 いつものことだった。

「飽きないの?」

「空って毎日見ても飽きないじゃん?」

「唐揚げを空レベルで語るな」

「あとキャベツがいるのも偉い」

「そこ評価ポイントなんだ」

「唐揚げだけだと“私は完成しています”って顔になるでしょ。でも横にキャベツがいることで、“いや、支えてくれる人に感謝してます”って感じになる」

「定食から人間関係学ぶな」

 春は箸を割る。

「いただきます」

 妙に丁寧だった。

 そして一口食べたあと、目を閉じた。

「……生きてる」

「大げさだなぁ」

「でもさ」

 春は少しだけ真面目な顔をした。

「人って、“頑張ったあとに食べるご飯”で結構救われると思うんだよね」

 食堂のざわざわした音が、少し遠くなる。

「テスト終わりとか、部活帰りとか。嫌なことあった日でも、“今日の唐揚げうま”って思えたら、まあいっかってなるじゃん」

「……」

「そういう“まあいっか”って、結構大事だと思う」

 春はそう言って笑った。

 いつも通り、軽そうな顔で。

 でもたぶん、こいつは本気で言っている。

 毎日を楽しそうにしているのも、
 ポジティブなのも、
 きっと“嫌なことがない”からじゃない。

 嫌なことがあっても、
 その横にキャベツを置けるやつなんだ。

「悠」

「ん?」

「唐揚げ一個あげる」

「急だな」

「元気ない人には配給されるシステムです」

「どこの制度だよ」

 でも僕は、その唐揚げを受け取った。

 一口食べる。

 普通にうまかった。

「……まあ、ちょっとだけ世界マシかも」

「でしょ!」

 春は満足そうに笑う。

 窓の外では、午後の風が校庭を揺らしていた。

 なんでもない昼休みだった。

 でも、たぶんこういう時間を、
 あとから“いい日”って呼ぶんだと思う。

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