「ねえ悠。赤ちゃんって、なんで“いないいないばあ”で笑うんだろ」
帰り道だった。
夕焼けが住宅街をオレンジ色に染めていて、自転車を押す春の影が妙に長い。
「知らないけど。急に育児の話?」
「いや、さっき公園で見たの。お母さんが“いないいないばあ”してて、赤ちゃん爆笑してた」
「まあ、あるあるだな」
「でもさ、冷静に考えたら怖くない?」
「何が」
「急に人が消えて、急に出てくるんだよ?」
「“消えて”はないんだよ。手で隠してるだけだから」
春は立ち止まった。
「……悠って、夢ないね」
「夢で育児されたら怖いわ」
春は腕を組んだ。
「私はね、“いないいないばあ”って、人類最初のエンタメだと思う」
「急にスケールがでかくなったな」
「だって原始時代にも絶対あったよ。“ウホ、いないいない……”」
「その再現いる?」
「“ウホばあ!!”」
「絶対テンションで押し切ってるだけだろ」
春は満足そうに頷いた。
「でも赤ちゃんって、あれで笑うんだよ。つまり人間は、“また会えた”が嬉しい生き物なんだと思う」
少しだけ、風が吹いた。
近くの電柱でカラスが鳴く。
僕は「おお」と言いかけてやめた。
たぶん今、ちょっといいこと言ったからだ。
春はそういうのがある。
意味不明な話をしてたと思ったら、急に核心っぽいことを言う。
本人はたぶん無意識だ。
「でもさ」
僕は言った。
「毎回笑ってくれるわけじゃないだろ。赤ちゃんも」
「うん。たまに真顔」
「あるよな」
「あれ地味に傷つくよね」
「お前、やったことあるの?」
「親戚の子に全力でやった」
「全力で?」
春は真剣な顔で両手を広げた。
「“いないいない……”の時点で助走つけた」
「なんでだよ」
「勢いあった方が面白いかなって」
「スポーツじゃないんだぞ」
「で、“ばあ!!”って飛び込んだら泣かれた」
「そりゃそうだろ」
「悠、赤ちゃんって繊細なんだね……」
「お前が豪快すぎるんだよ」
春は少し考えてから、ぽつりと言った。
「でも、笑わせようとして泣かれるのって、なんか人生っぽいよね」
「急に哲学にするな」
「自分では“楽しいでしょ!”って思ってるのに、相手には違う時あるじゃん」
「まあ、それはあるかもな」
「だから、“ばあ”って難しいんだよ」
「そんな深い競技みたいに言うな」
春はふっと笑った。
「でもさ。何回失敗しても、また“いないいないばあ”するの、ちょっと優しいと思わない?」
僕は少し黙った。
夕焼けの色が、少しだけ濃くなる。
遠くで子どもの笑い声がした。
「……春ってさ」
「ん?」
「たまに赤ちゃんみたいな思考するよな」
「えっ」
春は目を丸くしたあと、なぜか嬉しそうに笑った。
「やった。人生初心者ってこと?」
「褒めてない」
「でも初心者の方が、毎日イベント多そうじゃない?」
「……それは、ちょっと分かる」
すると春は急に僕の前に立った。
「じゃあ悠」
「嫌な予感する」
春が両手で顔を隠す。
「いないいない……」
「いや、お前高校生だぞ」
次の瞬間。
「ばあ!!」
春が満面の笑みで飛び出してきた。
通りすがりのおばあちゃんまで少し笑っていた。
僕はため息をついた。
「……お前、絶対そのまま大人になるだろ」
「うん!」
「迷いないな」
「だって、“また会えた”って、何回やっても嬉しいじゃん」
夕焼けの中で、春は当たり前みたいに笑う。
たぶんこいつは、一生こうなんだろう。
そして僕は、多分そのたびに呆れながら、隣にいる。



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