「悠。二人三脚って、すごい青春っぽい名前してるけど、冷静に考えたら“合法的にもつれる大会”だよね」
朝のホームルーム前。
春は椅子に座ったまま、真顔で言った。
「体育祭の種目に対する解像度がおかしい」
「だって脚くっつけるんだよ? 普通に歩くのすら人類、まだ完璧じゃないのに」
「人類全体の問題にするな」
窓の外では、グラウンドに白線が引かれていた。
体育祭が近い。
教室の後ろには「一致団結!」とか「優勝あるのみ!」とか書かれたポスターが貼られていて、クラスの何人かは朝から妙にテンションが高い。
その空気を見ながら、春は頬杖をついた。
「でも私、二人三脚好き」
「さっきまで否定してただろ」
「好きと向いてるは別だから」
「珍しく自己分析が冷静だな」
春はうんうんとうなずいた。
「私、歩く時に景色見ちゃうから」
「犬かお前は」
「あと急に“あ、鳥いる”ってなる」
「終わってるな」
「でも二人三脚って、“一人なら自由に歩けるのに、わざわざ合わせる”の、なんか良くない?」
「急にポスターみたいなこと言い始めた」
「普通、効率だけなら一人の方が速いじゃん」
「まあな」
「でも、“遅くなってでも誰かと進む”って、ちょっと贅沢」
「朝から重めの青春論やめろ」
春は机に突っ伏したまま、横目で悠を見る。
「悠、絶対二人三脚強いタイプだよね」
「なんで」
「転ばないように周り見てるから」
「それは単に慎重なだけだ」
「私は“行ける!”で走るタイプ」
「それで転ぶんだよ」
「でもさ」
春は顔を上げた。
「転ぶ時って、“あ、今たぶん転ぶな”って一瞬わかるじゃん」
「わかるけど」
「なのに人って、ちょっと笑うよね」
「まあ、二人三脚の転倒はちょっと面白い」
「不思議だよね。単独で転ぶと痛そうなのに、二人で転ぶと“青春”になる」
「集団補正みたいに言うな」
「つまり青春とは、“誰かと同じタイミングで失敗すること”なのかもしれない」
「絶対違う」
「でも一人で派手にコケると“危ない!”なのに、二人三脚でコケると“おお〜!”になるよ?」
「観客のテンションが祭りだからだろ」
「文化ってすごいね」
「急に文明論に広げるな」
その時、担任が教室に入ってきた。
「はーい、体育祭の二人三脚のペア決めるぞー」
教室がざわつく。
春は即座に悠を見た。
「運命だ」
「嫌な予感しかしない」
「悠、私と組んだら毎日がアトラクションだよ」
「命綱が必要なタイプのな」
「安心して。私、転ぶ時ちゃんと“わー”って言うから」
「その情報に安心要素ある?」
周囲がくすくす笑う。
春は少し考えてから、ふっと真面目な顔になった。
「でも、悠とならたぶん大丈夫」
「なんでそう思うんだよ」
「だって悠、“危ない”って思った時、ちゃんと止まるから」
「……まあ、止まるけど」
「私はその横で、“行ける!”って言うから、バランスいいじゃん」
「ブレーキとアクセルで事故起きる組み合わせだろ」
「でも車って、その二つないと動かないよ?」
「急にうまいこと言ったみたいな顔するな」
春はにやっと笑った。
「つまり私たち、乗り物」
「絶対保険料高い」
ホームルーム開始のチャイムが鳴る。
春は机の上で腕を組みながら、小さく言った。
「まあ、転んでも二人だからね」
「縁起悪いこと言うな」
「一人で転ぶより、ちょっと面白い」
そう言って笑う春を見て、悠はため息をついた。
たぶん本番も、このまま振り回されるんだろうと思う。
でもまあ。
それはそれで、少し楽しそうだった。



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