日が沈む少し前、フェルミノは街道沿いの宿屋へ入った。
「一泊80ゴールド。夕食付きなら100ゴールドです」
受付の女性がそう告げると、フェルミノは財布を開いた。
中には王国から支給された旅費と、昨日受け取った討伐報酬が入っている。払えない額ではない。ただ、安くもない。
「厩舎の隅を借りる場合は?」
「勇者様を藁の上で寝かせられませんよ」
「では、物置は」
「もっと駄目です」
受付の女性は困った顔をした。
「少し先にキャンプのできる草地があります。旅人の中には、そこで野宿する方もいますよ」
「無料ですか?」
「草地は無料です」
その答えを聞き、フェルミノは小さくうなずいた。
「場所だけ確認してきます」
「暗くなる前に戻ってきてくださいね」
宿屋を出たフェルミノは、街道を10分ほど歩いた。
草地は川に近く、地面も平らだった。木立が風を遮っていて、焚き火の跡もある。野宿には悪くない。
フェルミノは荷物を下ろし、必要なものを並べた。
まず夕食。携帯食のパンが5ゴールド。飲み水は生活魔法で浄化できるので無料。
次に焚き火。着火は魔法でできるが、乾いた薪が足りない。森へ拾いに行けば無料だが、日没まで残り40分だった。
「薪拾いに20分。設営に15分。食事に10分……」
フェルミノは空を見上げた。
雲が西から近づいている。
「雨の可能性、約60%」
防水布は持っている。ただし、前の戦闘で端が裂けていた。修理用の糸は3ゴールド分ほど使う。
さらに、草むらから小さな羽虫が飛び上がった。
虫よけ薬は一本12ゴールド。今夜使えば、残りは半分になる。
「まだ80ゴールドには届きません」
誰に説明するでもなく、フェルミノは計算を続けた。
薪を買えば8ゴールド。パン5ゴールド。虫よけ薬6ゴールド分。防水布の修理3ゴールド。
合計22ゴールド。

宿より58ゴールド安い。
その時、川辺から低い唸り声が聞こえた。
茂みの向こうに、灰色の獣が3匹いる。低級モンスターのリバーファングだ。
フェルミノは剣に手をかけた。
リバーファング1匹の討伐報酬は15ゴールド。3匹なら45ゴールド。戦闘時間は5分ほど。悪い条件ではない。
ただし、夜になると群れが増える。

「眠っている間の見張りが必要ですね」
一人旅では、交代要員がいない。
3時間ごとに起きて周囲を確認した場合、睡眠の質が落ちる。翌日の移動速度が下がれば、次の町への到着が遅れる。到着が1日ずれれば、結局どこかでもう一泊必要になる。
フェルミノは手帳に書いた。
野宿費用、22ゴールド。
睡眠不足による翌日の損失、推定30ゴールド。
夜間の戦闘で回復薬を一本使った場合、50ゴールド。
合計102ゴールド。
「宿より22ゴールド高い」
リバーファングがもう一度唸った。
フェルミノは剣を抜き、3匹を手早く追い払った。討伐証明になる牙だけを回収し、荷物を背負う。
宿屋へ戻る頃には、雨が降り始めていた。
受付の女性は、濡れたフェルミノを見て目を丸くした。
「お帰りなさい。やっぱり泊まりますか?」
「はい。夕食付きでお願いします」
フェルミノは100ゴールドを置いた。
「一番安い部屋でよろしいですか?」
「できれば、鍵がかかって、雨漏りがなく、朝まで起きなくていい部屋を」
「普通の部屋は、全部そうですよ」
「素晴らしい設備ですね」
フェルミノは本気で感心していた。
部屋へ入る前、受付の女性が尋ねた。
「草地は無料だったんですよね?」
「はい。場所は無料でした」
「では、どうして戻ってきたんです?」
フェルミノは手帳を開き、野宿に必要な費用を順番に見せた。
「無料なのは地面だけでした」
受付の女性はしばらく手帳を見つめ、それから納得したようにうなずいた。
夕食には、温かいスープと焼きたてのパンが出た。
フェルミノは一口食べ、ほんの少し表情を緩める。
「夕食分20ゴールドを引くと、部屋は実質80ゴールド……」
計算を再開しかけて、彼女は手帳を閉じた。
今夜くらいは、温かいスープが温かいうちに食べた方がいい。
その判断だけは、費用対効果を確かめるまでもなかった。

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