
放課後、春と悠は校舎脇のベンチに座っていた。
春は通学バッグへ教科書を押し込み、口を閉じようとしている。けれど、ファスナーの金具は途中で止まったまま動かない。
「悠、ちょっと押さえて」
「入れすぎなんだよ」
「あと少しだから」
悠がバッグの上から教科書を押さえる。春は金具を両手でつまみ、慎重に引いた。
じじじ、と左右の歯が一つの列にまとまっていく。
春の手が止まった。
「ファスナーって、左右を順番に仲直りさせてるみたい」
「急に何の話だ」
「だって、開いてる時は完全に別々でしょ。でも、この金具が通ると、一組ずつくっついていく」
春は少しだけ金具を戻した。まとまった列が、また二つに分かれる。
「ほら。仲直りを取り消すこともできる」
「最初からけんかしてない」
「じゃあ、席替え?」
「左右で決まってた席に戻ってるだけだろ」
春はもう一度、ゆっくり金具を進めた。
「でも不思議だよね。上から全部まとめて押しても、たぶんきれいにはくっつかないのに」
「一組ずつ順番が決まってるからな」
「仲直りも一人ずつ話した方がいいってことかな」
「ファスナーから人間関係を学ぶな」
「みんなを体育館に集めて、『今から全員仲直りしてください』って言っても無理だもんね」
「何があった学校なんだよ」
金具は、ようやく角の手前まで進んだ。
ところが、そこでまた動かなくなった。
春が引く。悠が押さえる。それでもびくともしない。
「仲直りを拒否してる子がいる」
「布をかんでる」

悠が指で内側の布を外すと、金具は少しだけ進んだ。
春は感心したようにうなずく。
「無理に進めるんじゃなくて、引っかかってる理由を見つけるんだね」
「今日はずいぶん深いな」
「ファスナー相談室、開けそう」
「相談する前に、荷物を減らせ」
残り五センチ。春が最後まで閉めようとした瞬間、バッグの横が不自然にふくらんだ。
悠はファスナーを開け、中をのぞく。
教科書の上に、購買で買ったパンが四つ並んでいた。
「これだろ」
「みんな違う味だから、一つには選べなかった」
「パン同士は仲直りしなくていい」
悠が一つ取り出すと、ファスナーは驚くほど軽く閉まった。
春は残った三つを見て、満足そうにバッグを持ち上げた。
「話し合いで解決したね」
「荷物を減らして解決したんだよ」
「悠、パン食べる?」
「それは話し合ってもいい」
ファスナーの外では、二人の交渉が始まった。

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