土曜日の午後、春は駅前の小さな書店の前で足を止めた。
窓に並んだ本の表紙を、ガラス越しに眺める。まだ店に入るつもりはなかった。
ウィン、と隣の自動ドアが開いた。
「え。まだ決めてないよ」
春は思わず一歩下がる。ドアが閉まる。
「ドアに返事するなよ」と悠が言った。
「だって、こっちを見て開いた」
「上のセンサーが、近づいた人に反応しただけ」

「入る人か、表紙を見てるだけの人か、分からないんだ」
「分からないだろうな」
春はもう一度、窓の本へ顔を寄せた。ウィン、とドアが開く。
「ほら。また『どうぞ』って」
「言ってない」
「じゃあ、悠がやってみて」
悠が店の前を横切ると、ドアは同じように開いた。
「本を見てもいない人にも開けるんだ」
「公平だな」
「入店希望の審査、ずいぶん甘いね」
「審査自体がないんだよ」
春は店内の新刊台をのぞいた。窓から見ていた本が、ちょうど手前にある。
「せっかく開けてくれたし、入ってみようかな」
「本が気になったからだろ」
「両方」
二人が入口へ向かう。ドアは再び開き、今度は春も迷わず中へ入った。
本棚を一周したあと、春はあの本を一冊持ってレジへ向かった。悠は文庫の棚から選んだ一冊を持っている。
「今日は入ってよかった」
「ドアのおかげか?」
「表紙のおかげ。ドアは、ちょっと背中を押しただけ」
「押してもいないけどな」
買い物を終えて出口へ向かうと、またドアが開いた。
春は外へ出て振り返る。
「今度は『またね』だ」
「入るときと同じ動きだよ」
「意味は、こっちで決めてもいいでしょ」
春がドアに小さく手を振る。すると、閉まりかけたドアがもう一度開いた。
「あ、返事した」
「春が近づいたから」
「じゃあ、もう一回だけ入る?」
「本、もう買っただろ」
ドアの前で笑う春を、悠が歩道のほうへ呼び戻した。二人が離れると、ドアは静かに閉まった。

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