「悠。ルーレットって、めちゃくちゃ優しい機械だと思わない?」
帰り道だった。
商店街のゲームセンターの前で、春が立ち止まる。
ガラス越しに見えるルーレット台では、赤と黒のランプがぐるぐる回っていた。
「急にどうした」
「だってさ。自分で決めなくていいんだよ?」
「ギャンブルの入口みたいなこと言うな」
「違う違う。人生って、“選ぶ責任”が重いじゃん」
「高校生の帰り道で言うには妙に深いな」
春は腕を組んで、真顔でルーレットを見つめた。
「たとえば、“今日なに食べる?”って聞かれると、人は急に弱くなる」
「それは優柔不断なだけだろ」
「でもルーレットなら、“今日はラーメンでした”って顔できるじゃん」
「知らんよその顔」
「“私じゃなくて運命が決めました”っていう顔」
「責任転嫁を壮大に言うな」
春はふむ、と頷いた。
「だから人気なんだと思う。人類、“決断”に疲れてる」
「お前、たまに変な角度から人類語るよな」
「悠もあるでしょ。“どっちでもいい”って言いながら、本当は決めたくない時」
「……まあ、あるけど」
「ほら! つまり人類はみんな心の中に小さいルーレットを飼ってる」
「嫌な表現だな」
「朝、“あと五分寝るか”を決めるルーレット」
「それは負け率高い」
「コンビニで新商品を買うかどうかのルーレット」
「負けても被害少ないな」
「“このLINE今返すか後にするか”のルーレット」
「急に現実感出すな」
春はそこで、ゲームセンターの自動ドアを見つめた。
中から楽しそうな電子音が漏れてくる。
「でもさ」
「ん?」
「ルーレットって、回ってる間だけは、みんな平等にワクワクしてるんだよ」
少しだけ静かな声だった。
「当たるか外れるか分からない時間って、なんかいいじゃん」
「……まあ、分からなくはない」
「未来って、ずっと回転中なんだと思う」
「急にポエム始まったな」
「まだ結果出てないのに、“どうせダメ”って顔するの、ちょっともったいない」
「お前それ、ルーレット会社のキャッチコピー狙ってる?」
「“人生、まだ回ってます”」
「ありそうで嫌だな」
春は満足そうに頷いて、そのまま歩き出した。
数歩進んだあと、急に振り返る。
「よし、今日の晩ごはん決めよう」
「結局そこか」
「ルーレットで」
「やめろ」
「大丈夫。私は優しいから、“悠が払う”って結果しか入れてない」
「最悪の出来レースだよ」
「でもほら」
春が笑う。
「結果わかってても、回す瞬間ってちょっと楽しいじゃん?」
商店街の灯りが、くるくる回るみたいに滲んでいた。
悠は小さくため息をついて、
「……一周だけな」
と言った。
春はなぜか、勝った人みたいな顔をした。



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