放課後の教室で、春が机の下をのぞき込んでいた。
「ねぇ悠。ちょっと動かないで」
「何か落とした?」
「消しゴム」
俺は椅子を引いた。机の脚の近くに、白い小さな塊が落ちている。
拾い上げると、消しゴムというより角の丸い小石に見えた。新品だった頃の三分の一も残っていない。
「これ?」
「それ!」
春は受け取ると、手のひらに乗せてじっと見つめた。
「ずいぶん小さくなったな」
「頑張ったからね」
「春じゃなくて?」
「消しゴムが」
春は当たり前のように答えた。
窓から入った風で、机の上のプリントが一枚めくれる。そこには鉛筆で書いては消した跡が、薄くいくつも残っていた。
春は消しゴムを指先でつまんだ。
「消しゴムって、間違いを食べて小さくなるよね」
「食べてはいない」
「でも、消した分だけ減るでしょ?」
「紙とこすれて削れてる」
「つまり! 間違いを食べたカロリーを、消しカスとして出してるんだよ」
「仕組みが汚いな」
春は机の上に残っていた消しカスを集めた。
「ほら。今日の間違い」
「ただのゴミ」
「昨日のも混ざってるかも」
「分別できないだろ」
春は少し考えてから、消しカスを指で二つに分けた。
「こっちが数学で、こっちが英語」
「何を基準に?」
「数学の方が重い」
「気持ちの話だな」
今日の数学の小テストで、春は途中の符号を何度も書き直していた。英語のプリントより消しゴムを使ったのは確かだ。
春は短くなった消しゴムを見て、うなずいた。
「この子、たぶん私の間違いを一番知ってる」
「答案用紙の方が知ってる」
「でも答案用紙は返されるでしょ。消しゴムはずっと一緒にいる」
「消すために持ち歩いてるからな」
「しかも何も言わない」
「消しゴムだから」
「間違えるたびに、黙って証拠を消してくれる」
「言い方が事件なんだよ」
春は消しゴムを親指と人差し指で挟み、しみじみ眺めた。
「新品の消しゴムって、まだ何も知らない顔してるよね」
筆箱の中を探ると、未開封の白い消しゴムが出てきた。今のものが小さくなったので、昨日買ったらしい。
春は二つを並べた。
片方は真っ白で四角い。もう片方は丸く、鉛筆の黒ずみがついている。
「ほら。転校してきたばかりの子と、クラスの事情を全部知ってる子」
「消しゴムに人間関係を背負わせるな」
「新品の方、緊張してるかも」
「してない」
「いきなり数学から使ったら、びっくりしない?」
「消しやすさは科目で変わらない」
春は未開封の消しゴムを持ち上げたものの、袋を開けずに戻した。
そして、小さな方でプリントの答えを消そうとする。
指先から滑った消しゴムは、机の上を転がり、また床へ落ちた。
「そろそろ新品を使えよ」
「でも、この子には経験があるから」
「小さくて使いにくい」
「ベテランなのに?」
「体力の限界だ」
もう一度拾おうと机の下をのぞいた春が、急に動きを止めた。

「悠」
「今度は何?」
「消しゴムが二人いる」
見ると、机の奥にもう一つ、同じくらい小さな消しゴムが落ちていた。
春は左右の手に一つずつ乗せ、真剣な顔で見比べる。

「どっちが私の?」
「一番知ってるんじゃなかったのか」
春はしばらく悩み、最後に二つとも筆箱へ入れた。
「今日から二人体制にする」
「片方、誰かのだぞ」
「じゃあ、落とし主の間違いも引き継ぐことになるね」
「重く考えなくていい」
結局、新品の消しゴムは袋に入ったままだった。
春の筆箱では、持ち主の分からない二人のベテランが、次の間違いを待っている。

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