「カレンダーには敗北が書いてある」

学校の放課後

「ねえ悠。カレンダーって、ちょっと失礼じゃない?」

 放課後、春は教室の壁を見ながら言った。

「急にどうした」

「だって、“明日が来ますよ”って顔してる」

「来るだろ」

「でも、こっちはまだ今日をやってる途中なのに」

 意味が分からない。

 窓の外では運動部の声がしていた。六月の終わり。中途半端に暑くて、中途半端に眠い季節。

 僕は机に突っ伏したまま、春を見る。

 春はクラスの後ろに貼ってある月間カレンダーをじっと見ていた。

「見てこれ」

「何」

「来週、テスト」

「知ってるよ」

「カレンダー、容赦ない」

「そこは学校が悪いだろ」

 春は腕を組んだ。

「でもさ、カレンダーって未来を知ってる顔してるじゃん」

「ただの日付だよ」

「違うよ。『ほらほら〜、もう七月ですよ〜』って煽ってる」

「被害妄想がすごい」

 春は真剣だった。

「しかも毎年同じ顔してる。慣れてる」

「まあ、毎年やってるからな」

「ずるい」

「何が」

「私は毎年“今年こそ計画的に勉強する”って思ってるのに」

「それは学習しろよ」

「でもカレンダー側は、“どうせ今年もギリギリでしょ?”って顔してる」

「お前の実績の問題だろ」

 春は僕の机に座った。

 危ないからやめてほしい。

「悠って、予定書くタイプ?」

「一応」

「えら」

「普通だろ」

「私はね、書けない」

「なんで」

「未来の自分を信用してないから」

「急に重いな」

「“午後七時、勉強”とか書いても、その時間の私はたぶんアイス食べてる」

「精度高い予想だな」

 春は少し笑った。

「でもさ、不思議じゃない?」

「何が」

「予定って、“未来の自分ならできる”って思って書くんだよ」

「まあ、そうかもな」

「人類、未来の自分に期待しすぎ」

「お前だけだよ、そんな壮大な話にしてるの」

 教室に風が入る。

 カレンダーがぱら、と揺れた。

 春はそれを見て、急に立ち上がった。

「よし」

「何」

「今日から、カレンダーに勝つ」

「どうやって」

「先回りする」

「無理だろ」

 春は僕のシャーペンを勝手に取った。

「例えば、この“数学ワーク提出”」

「おい」

「今日ちょっとやる」

「偉いじゃん」

「これでカレンダーが『えっ』ってなる」

「ならないよ」

「“まだ三日前なのに!?”って」

「カレンダーに感情はない」

「でも、ちょっと悔しそう」

「だからないって」

 春は僕のノートに何か書き始めた。

 見ると、テスト三日前の欄に大きく、

『カレンダーを焦らせる日』

 と書いてあった。

「何これ」

「イベント」

「違うだろ」

「人生、イベントがないと」

「そのイベント名でやること数学ワークなの終わってるよ」

 春は満足そうに頷いた。

「でもさ、悠」

「何」

「カレンダーって、未来がどんどん来るのを教えてくれるじゃん」

「まあ」

「だから、ちょっと楽しみでもあるよね」

「……急に普通のこと言うな」

「えへへ」

 夕方のチャイムが鳴った。

 帰る生徒たちの声が廊下を流れていく。

 春は僕のノートを閉じて、立ち上がった。

「じゃあ帰ろ」

「数学ワークは」

「未来の私がやる」

「さっきの決意どこ行った」

「カレンダーとの長期戦だから」

「絶対負けるだろ、お前」

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