
「無事だったんだから、護衛料は少し安くならないか」
夕暮れの町門で、行商人がフェルミノにそう言った。
荷馬車には、ガラスの小瓶が十二箱。一本でも割れれば、町の薬屋への納品数が足りなくなる。
朝、行商人が冒険者ギルドに出した依頼は、隣町までの護衛。報酬は九十ゴールドだった。
「魔物が出たら、剣で追い払ってくれ」
「はい。でも、魔物に会わずに着く方法も考えます」
行商人は笑った。
「それができるなら、護衛なんていらないだろう」
出発前、フェルミノは車輪の留め具と荷台の縄を確かめた。右の縄が一本、雨で緩んでいる。
「締め直してもいいですか」
「魔物は縄をほどかないぞ」
「道は、ほどきます」
行商人が縄を締める間、彼女は二つの街道を見比べた。
森を抜ける近道は、昼でも薄暗い。舗装された遠回りは人通りがあり、途中に見張り所もある。
「今日は遠回りで行きます」
「二十分も長いぞ」
「小瓶を十二箱、暗い森で守るより短いです」
舗装路に入ると、前を走る馬車が泥のくぼみを大きく揺らして通った。
フェルミノは荷馬車を止め、行商人に少し右へ寄るよう伝えた。車輪はくぼみを避け、荷台の小瓶は小さく鳴っただけで済んだ。
「あの程度、割れやしないさ」
「割れるか試すと、結果が出てしまいます」
見張り所では、森側で角猪が目撃されたと聞いた。
行商人は遠くの木立を見た。
「本当にいたのか」
「いたそうです。こちらには来ていません」
「護衛がいると、角猪は逃げるんだな」
「私の顔を知っている角猪なら、そうかもしれません」
「知らないのか」
「紹介したことはありません」
日が傾くころ、荷馬車は町門をくぐった。薬屋の店主が箱を数える。十二箱。割れた瓶は一本もない。
そこで、行商人が護衛料の値引きを持ちかけたのだった。
「剣を抜いていないだろう」
「はい。抜かずに済む道を選びました」
「魔物も追い払っていない」
「追い払う必要がない場所を通りました」
「護衛って、戦う仕事じゃないのか」
フェルミノは、納品を終えた空の荷馬車を指した。
「依頼書には『荷馬車を隣町へ無事に届ける』とあります。戦闘回数は書かれていません」
行商人は依頼書を読み直した。たしかに、その通りだった。
「つまり、何も起きなかったから、九十ゴールドか」
「何も起きないようにしたので、九十ゴールドです」
薬屋の店主が、割れずに届いた小瓶を棚に並べながらうなずいた。

行商人は九十ゴールドを数え、フェルミノに渡した。
「次も、魔物に会わない道を頼めるか」
「保証はできません。でも、先に調べます」
「それなら安心だ」
フェルミノは硬貨を財布にしまった。
「私もです。剣を抜くと、手入れが増えますから」
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