街道沿いの宿へ着いた時、雨は本降りになっていた。
「一泊、夕食付きで百ゴールドです」
宿の主人が鍵を差し出す。フェルミノは濡れた鎧を見下ろした。
「鎧を乾かす場所はありますか?」
「暖炉の前なら。ただし、泥を落としてからお願いします」
隣にいた若い騎士が笑った。
「勇者様も鎧を脱ぐんですね」
「着たまま眠るつもりでしたか?」
「野営では、そのまま寝ることもあります」
騎士の鎧から、雨水が床へ落ちた。
「翌朝、肩が動きますか?」
「少し重いです」
「眠れていますか?」
「寝返りのたびに起きます」
フェルミノは手帳を開いた。鎧を外すのに五分。泥を拭き、革紐を点検し、乾かす場所へ運ぶのに十五分。翌朝に着直すのに十分。
「合計三十分ですね」
「面倒でしょう?」
「着たまま眠って三時間浅くなるより安いです」
騎士は首をかしげた。
「時間をゴールドで数えるんですか?」
「疲れたまま戦えば、回復薬を使います」
回復薬は一本五十ゴールド。壊れた革紐の交換は十ゴールド。寝不足で道を間違えれば、宿代より高くつく。
主人が布と油を持ってきた。
「手入れ道具は一式十五ゴールドです」
「宿泊客も?」
「布は返却、油は使った分だけ。乾燥棚も使えます」
フェルミノは十五ゴールドを払った。
騎士は驚いた。
「節約する人が追加料金を払うんですね」
「明日も使う装備です。今夜の手間を買うのではなく、明日の故障を減らします」

二人は食堂の隅で鎧を外した。兜、肩当て、胸当て、籠手、すね当て。床へ並べると、騎士の装備は小さな店一軒ほどの場所を取った。
「人間一人分の宿代で、鉄の人間も一人泊まっています」
「鎧の部屋代も請求されたら困ります」
主人が笑う。
「乾燥棚を占領するなら、少し考えますね」
騎士は慌てて装備を詰めた。だが、濡れた革紐を重ねてしまう。
「そこは離してください」とフェルミノが言う。
「細かいですね」
「乾かない場所から先に傷みます」
夕食後、騎士は軽い服で椅子へ沈んだ。
「体がこんなに軽かったのか」
「鎧を脱いだだけです」
「いつも着ていると、重さを忘れるんです」
「忘れても、肩は覚えています」
翌朝、騎士は一度も起きずに眠れたと言った。鎧の革紐も乾き、油を差した留め具は滑らかに動いた。
「三十分と十五ゴールドで、ずいぶん違うな」
「休む準備も旅の仕事です」
主人が会計を渡す。一泊百ゴールド、手入れ道具十五ゴールド。合計百十五ゴールド。
騎士は数字を見て言った。
「鎧を脱ぐのは無料なのに、どうして今までしなかったんだろう」
フェルミノは兜をかぶり、顎紐を締めた。
「無料の作業ほど、後回しにされやすいからです」
宿を出ると、雨は上がっていた。騎士の歩幅は昨日より広い。
装備を休ませる時間は、冒険を止める時間ではない。
次の日も歩き続けるために、旅へ戻しておく時間だった。

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