「ねえ悠。水たまりって、空のコピーじゃない?」
登校中だった。
昨夜の雨がまだ道路の端に残っていて、春はその前でしゃがみ込んでいる。
「朝から詩人みたいなこと言うな」
「だって見てよ。空が地面に落ちてる」
「ただの雨水だろ」
「でも、空って普通は触れないじゃん?」
春はそう言って、水たまりに指を突っ込んだ。
ぴしゃっ、と小さく波紋が広がる。
「今、空さわった」
「雑なロマンだな」
僕は呆れながら横に立つ。
通学路のアスファルトはまだ濡れていて、自転車が通るたびにタイヤの音が湿っていた。
春は水たまりを覗き込んだまま言う。
「水たまりって偉いよね」
「急に評価し始めたな」
「だって、誰にも褒められないのに空映してる」
「使命感でやってるわけじゃないだろ」
「でも、晴れた日は消えるんだよ? “今日は空を返します”って感じで」
「聞いたことない引き際だな」
春は立ち上がると、今度はわざと端っこを踏んだ。
ぴちゃ、と制服の靴下に少し水が跳ねる。
「うわ、最悪」
「自分で踏んだだろ」
「でも水たまりって、ちょっとテンション上がらない?」
「小学生までだろ」
「違うよ。水たまりって、“普通の道が急にイベント会場になる瞬間”なんだよ」
「規模が小さいテーマパークだな」
「しかも無料」
「びっくりするくらい回転率悪そう」
春は満足そうに頷いた。
「あとさ、水たまり避ける人って人生うまそう」
「偏見すぎる」
「逆に突っ込む人は、“まあなんとかなる”で生きてる」
「お前の分類、統計ゼロだろ」
「私はちなみに、“一回立ち止まって映る空見る派”」
「派閥あったんだ」
「忙しいと下しか見なくなるからね」
春はそう言って、水たまりの中を覗く。
そこには電線と、雲と、春の顔が逆さまに映っていた。
「なんか不思議だよね」
「何が」
「空って上にあるのに、下向いたら見える日がある」
少しだけ風が吹く。
水面が揺れて、空がぐにゃりと崩れた。
春はその揺れを見ながら、小さく笑った。
「だから雨の日って嫌いじゃないんだ」
「靴は濡れるけどな」
「でも、晴れの日にはない景色あるし」
「お前ほんと、損得で生きてないな」
「だって、“ちょっと面白い”がある日は当たりだもん」
そう言って春は、また水たまりを踏んだ。
今度はさっきより大きく跳ねて、僕の靴にもかかった。
「うわっ!」
「共有したかった」
「迷惑のシェア機能使うな」
春はけらけら笑う。
朝日が少しだけ強くなって、水たまりの端がきらっと光った。
その光を見て、春がぽつりと言う。
「消えちゃう前に見つけた景色って、ちょっと得した気分になるよね」
僕は返事をしなかった。
ただ、さっきまで避けようとしていた水たまりを、帰りは少しくらい踏んでもいいかもしれないと思った。



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